机上の空論に興じたならば


机上の空論に興じたならば、

次は現実へと戻らねばならない。いつまでも都合のいいものだけを追いかけているわけにはいかないのだ。

セブルスにはリリーがいる。

もう彼女が彼に微笑むことはなくとも、彼の中ではリリーが今も尚生きている。


「仮定の話なんていくらしても無駄なのよ、リーマス。あなたの見ているセブルスはいつも歪んだ姿をしているわ」

「歪んでいない世界を見ている人間なんてこの世には存在しない、というのが持論でね。心がある以上何かしらのフィルターはかかってしまうものだ」


食器の擦れる音や聞き取れない話し声、お洒落なカフェに似合う音楽をBGMに、リーマスは空のティーカップの取っ手をなぞる。チョコレートの気配が残るお皿を遠ざけて、彼は頬杖をついた。


「もうそろそろセブルスが来るよ」

「呼んだの?彼を?どうして!」

「君たちは一度話し合った方がいい」

「それは私たちが決めることよ。あなただって、トンクスとのディナーを先延ばしにしてるくせに」

「私は今日、彼女を誘う。久しぶりの同じ任務だからね」


ヒュウ、と冷やかしを乗せたリリーの口笛が環境音に溶け込んだ。リーマスの笑みは気の早い緊張に乗っ取られ、グッと口角を上げただけのぎこちないものとなる。


「私の背中まで押して、ダメだったときに慰め合う仲間がほしかったの?」

「私としては、祝杯の予定だよ」

「そっちはそうかもね」


トンクスはリーマスに気がある。それはリリーだけが知る秘密ではなかった。隠し事の苦手なトンクスからはいつも好意が漏れている。リーマスはそれに気付きたがらないだけ。


「リーマスも結構面倒臭い男よね」

「私、も?」

「あとはセブルス。ジェームズやシリウスもある種の面倒さは抱えていたわ」

「それにリリーも。私のは褒め言葉だよ」

「我輩まで一緒にするな」


いつの間にかそばに立っていたマグル服の男が唸り声を上げた。空席を雑に引き、どっかりと許可を得ることもなく座り込む。


「セブルス!本当に来るなんて思わなかった!リーマスに何て呼び出されたの?」

「……帰る」


立ち上がりかけたセブルスの肩にリーマスが手を乗せた。


「待って待って、セブルス。私はもう行くから、リリーを頼むよ」

「何故貴様に頼まれねばならん」


セブルスは大袈裟に肩の手を振り払ったものの、立ち上がることはなかった。居座ると決めたのか店員へ注文を伝え、まだいたのかと言わんばかりにリーマスを睨み付ける。

いつも通りの軽いやり取りを続けたあと、リーマスは店を出ていった。入れ違いに運ばれてきたティーセットからポットを選び、スネイプがカップへ濃い赤を注ぐ。


「あら、気が合うわね。その紅茶、私のおすすめなの」

「だろうな。君と同じものを、と注文した。あの貧乏人がこんな店を利用するとは思えん。――失礼、今は君も無職だったか」

「正しくは休職中、ね。昔からスクリムジョールとは合わないの」


スネイプは砂糖をほんの少しだけカップへ溶かし、取っ手を掴んだ。


「さて、我々は忙しい。特に我輩には職がある。何でも、相談事があるそうで?この我輩に?」

「そう、リーマスはそう言ったのね。それであなたは心配して来てくれたってわけ。その忙しい中を」

「気合いだけでこの情勢を乗りきる気なら止めねばなるまい」

「乗りきるわ。愛を糧としてね。あなたもそうだと思うけど?」


訳知り顔でそう問えば、セブルスは鼻で嘲笑を返す。


「それが叶うなら、我々だけですべてが救える」


あなたに残る、彼女のせいね。

皮肉がやさしく溶けてしまったのは。

Special Thanks
you
(2019.1.19)


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