はじめての
ホグワーツ。初めての夫の職場。嫌がるかもしれないから、こっそり行ってこっそり帰ろうと思っていた。目的地は一階にある職員室。左手にはふくろうで送ってくれと彼から頼まれていた書類と古書。
遠くから聞こえてくる話し声は授業だろうか。なんて大きな正面玄関。この大階段はどこへ続いているのだろう。少しだけ、ほんの少しだけ寄り道しても良いだろうか。
そう思ううちに自分では来た道を戻ることさえできなくなっていた。ミネルバ・マクゴナガルと名乗った女性が声をかけてくれなければ、窓から飛び出す帰り道を選んだかもしれない。
「ありがとうございました、マクゴナガル教授」
「ミネルバで構いませんよ。ところで、本当にセブルスに会う気はないのですか?」
「えぇ。来る予定ではありませんでしたし、長居してこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
リリーは紅茶の誘いを丁重に断り、案内された職員室のセブルスの机へと届け物を置いた。
そのとき。
バン、と扉に何かが突進する音がした。二人が反射的に音のした方を向くと、そこには肩で大きく息をするセブルスの姿。リリーを見つけるやいなや大股でズンズンと歩み寄り、横目で机上の書類を確認する。彼はマクゴナガルの存在など無視して大きく息を吐いた。
「やはり君か。生徒の噂を聞いて、もしや、と」
「あの、ごめんなさい、セブルス。勝手なことをして」
「わざわざ届けに来てくれなくとも、ふくろうで構わないと書いただろう」
「セブルス、長話ならあなたの部屋でゆっくりと腰を据えては如何です?ご夫人はあなたの部屋にも興味があると思いますよ」
パン、と手を打ちセブルスとリリーの注意を引いたマクゴナガルの言葉によって、二人は地下へと移動することになった。何人かの生徒とすれ違い、その度にセブルスは挨拶を受ける。リリーはただ微笑んで、彼の後ろをついて歩いた。
「あなたの部屋って、すごく、あなたっぽい!」
「もっとまともな感想はないのか」
棚に並ぶ瓶や本を見て回るリリーへセブルスはソファを指した。彼は家にも常備しているお気に入りの茶葉を出し、慣れた手つきで紅茶を淹れる。暖炉の温もりにじんわりと癒された彼女が受け取って、落ち着く味に、ほう、と息を吐いた。
「余程ここが珍しかったらしい。二階どころか最上階付近でも君を見たとの噂が出ているぞ」
やれやれ、と片眉を上げるセブルスに、リリーは苦笑いを返す。
「少し歩くだけのつもりがいつの間にか道が分からなくなってしまって」
「帰りは家まで送る」
「そんな、まだお仕事中でしょう?これ以上ご迷惑をお掛けするつもりはありません」
「今日はもう授業はない。それに――」
「それに?」
しばらく会えなかったのだからもう少し、一晩共に過ごすくらいは。しかしセブルスがそれを口に出すことはなく、聞き返すリリーの真っ直ぐな瞳を小馬鹿にした表情で返した。
「また迷われては困る」
「な、それは!随所に魔法のかけられたこんな大きな建物、
初めてだから仕方ないです!」
Special Thanks
you
(2019.1.17)