皆が言うほど私、イイ子じゃないの。
機会さえあれば、先生だって襲っちゃう。
「動くな」
先生の鋭い命令が私の足を図書室の床へと縫い付けた。だと言うのに当の先生は舌打ち。こんな本だらけの狭い場所、先生がいなければ長居なんてしたくないのに。一体どうしたのか、と問いかけようと一歩踏み出した。
「馬鹿者!」
先生の歪んだ顔を見たのは一瞬で、それが焦りか怒りか何だったのか、私には判別できなかった。
ただ分かるのは、床へ落ちた無数の本と、倒れた私の身体。そのわりに、私に痛みは一つもないということ。
いや、締め付けられる苦しみは感じた。
「さっさと退け。怪我はないはずだ」
ふっと何かに解放されて、反射的に閉じていた目をようやく開けてみた。頭一つ分しか離れていない距離でこちらを睨む先生と目が合う。外気に触れスッと冷えた後頭部には守ってくれた先生の手があったに違いなく、本は私たちを避けるようにして散乱していた。
シッシッと追い払うように先生が杖で私を払う。魔法じゃないその動作に強制力はない。せいぜい先生の肩のそばへ手をついて、身体を少し浮かせることに成功しただけ。
「まるで私が押し倒したみたい」
「…………」
先生は息を呑み、大きく吐き出した。たったそれだけの反応。熱っぽく唇を見つめる私の視線に気付いていないはずがないのに。
「礼の一つも言えんのか」
私のペースに巻き込まれてはくれなかった。
「何の騒ぎです!」
駆けつけたマダム・ピンスの悲鳴混じりの咆哮が、すべてを正常な時間へと変えていく。
「マダム、ミス・エバンズを立たせてやってください。突然のことで少々混乱しているようです」
先生の指示はとても淡々としたものだった。私はマダムの魔法に引き上げられて、いとも容易く先生から引き離されてしまう。
「ここに魔法生物が入り込んだようですな」
「何ですって!?」
私を起こしてすぐ、本を棚へ戻していたマダムの目がギラリとハンターの目に変わる。次から次へと飛び上がる本たちを見届けて、彼女はその影を求め別の棚へと慌ただしく向かっていった。
「我輩はケトルバーンを呼んで来る。エバンズ、君は念のため医務室へ行っておけ。我輩にミスはないはずだが、頭を打ったかもしれん」
「……はい、先生。ありがとうございました」
マントを翻した先生を追うように、私は医務室へと足を進める。これが治療できるものだと言うのなら、どうか私を治してほしい。でも、そうじゃないから。
先生、こっちを向いてよ。
Special Thanks
you
(2019.1.12)