落ちた硝子の靴。
その靴がピタリと合う持ち主を探す王子様。見初められたくて、私は指を切り落とした。血液は止めどなく失われていく。それでも笑顔でお辞儀して、彼は私の手をとった。捨てた指が戻ることはないけれど、傷はすっかり塞がった。もう、痛むこともない。
ミィ、と小さな鳴き声で現実へと意識を戻す。目の前の小さな命は生きようと逞しくもがいていた。その足先は、指がいくつか欠けている。皿に薄く入れたミルクを差し出せば、子猫は鼻をヒクヒクとさせてチロリと舌を覗かせた。
「もうすっかり元気だね。あとは飼い主探しかな」
リリーは子猫のお腹が満たされるまでたっぷりと待ち、真っ白になったその顔へ呪文を唱えた。目に見えない何かに拭われる不思議な感覚のせいか毛を逆立てる子猫を宥め、極寒の廊下への対策に懐へ子猫を匿った。
向かう場所はただ一つ。恋人の仕事部屋。
「セブルス!」
ノックもそこそこに扉を開けて飛び込んだ。大鍋を前に調合中だったセブルスは訪問者を碌に見もせずに人差し指を一本立てる。いつしか使われるようになった待ての合図にリリーは黙って懐から子猫を出した。
喉を擽り、両前足で万歳させてみたり、額をカリカリと掻いてやったり。されるがままの可愛い存在に頬を緩める。
「おい、ここに猫を持ち込むな」
「あ、終わりましたか?」
顔を上げれば、そこには不機嫌そのもので立つセブルスの姿があった。子猫の前足を左右に振って見せても眉間のシワは増すばかり。
「ミャウミャウと煩いと思えば、また新しいペットか」
「セブルスの、ですよ」
「――は?」
はい、とリリーが子猫を差し出すと、スネイプは後ろに一歩下がった。両手を目一杯伸ばして彼に近づけてみても、一向に受け取る気配はない。
「保護したんです。足先を怪我して上手く歩けなくて、それでも私へすり寄ってきた強い子ですよ。ニーズルの血も入っているようですから頭もいい」
「分かるのか?」
「これでも魔法生物飼育学の助手ですから」
リリーは胸を張り、自信たっぷりに鼻を鳴らした。
主人の匂いを教えるように、彼女は机上に投げ出されていたスネイプのマントへ子猫を乗せる。ゴロリと転がりながら不器用にマントへじゃれる子猫を微笑ましく見つめていた。
「今日はこの子にとって新たな生活の記念日ですね。毎年セブルスの誕生日と一緒に盛大にお祝いしていきましょう!ね!……ダメですか?」
こてんと小首を傾げ、上目遣いでリリーが聞いた。その大部分が計画的な仕草だと分かっていても、スネイプの中で先程までの否定的な気持ちが溶かされていく。「毎年」というたったそれだけの言葉に、彼女が二人の未来を当たり前に見ていることを知った。
「……君も世話をするのなら」
「やった!良かったね、セブ2号!」
子猫はいつの間にかマントに包まれ、その尻尾だけを覗かせていた。
「何だその名は。話を聞くに、神経の図太さと媚の売り方はリリーそのものだろう」
「ならセブルスが名付けてくださいよ。ほーら、セブ2号出ておいで。黒いマントは
似合わないよ、あなたには」
Special Thanks
you
(2019.1.9)