息を吐く音が、異常なほど大きく部屋に響く。
地下の朝となればそれほどまでに静寂が満ちていた。加えて冬季休暇の今は城中が似たような空気に包まれている。吐き出した息の白さが自室へ溶ける様を横目に、スネイプは暖炉へ火を投げた。
そしてふと気付く。
恋人に押し付けられた机上の小さなクリスマスツリーのそば。寄り添うように置かれた箱に。緑の包装紙に白いリボンを飾り付けられたそれを引き寄せ、スネイプはまた大きく息を吐いた。暖炉からのはぜる音とソファのスプリングに乗せて、今度はどこか高揚した音を孕む。
添えられたメッセージカードにはこれから会いに行く予定の人物の名前が載せられていた。ゆっくりと自分を焦らしながら包みを開けると、中から出てきたのは黒のマフラー。そして揃いの手袋。指先の出るデザインの手袋は、何かと細かな作業をしがちな自分のことを考えてのものだとすぐに分かる。
「アクシオ(来い)、マント」
スネイプは厚手のマントを呼び寄せて、真新しい黒のマフラーを巻いた。肌触りもよく文句の付け所がない。身支度を整えると、また呼び寄せ呪文を一つ。今度はシンプルなラッピングの箱がスネイプの手に収まった。
コツリ、コツリ、とスネイプの靴音だけが階段に響く。いつもとは違う陰鬱さを伴わない音。それがピタリと止まったとき、彼の目の前には木の扉がひとつ。
ノックを三度、急かすような駆け足で鳴らした。
「はい、どなた?」
木の向こうから聞こえた声はいつも通りの軽やかさ。スネイプは途端に気恥ずかしくなって、持っていた箱をポケットへと無理矢理突っ込んだ。
「メリークリスマス、リリー」
キィ、と軋む扉の隙間から徐々に彼女の姿が現れる。
「メリークリスマス、セブルス。こんな朝早くから来るなんて――さっそく着けてくれたのね。我ながら完璧なプレゼントだわ」
マフラーにくしゃりと乱れたスネイプの髪を整えて、リリーがふわりと微笑んだ。
「君からのプレゼントは十分役目を果たしているが、私を中へ入れる気はないかね?」
「あら、どうして?昨夜は私を追い出したくせに」
「今日をゆっくり過ごすため、仕事を無理矢理片付けただけだ。子供のような駄々を捏ねるな」
むっすりと眉間を寄せたスネイプに、リリーが笑いをクスクスと意地悪なものへと変える。帰る気などない彼が扉に手をかけると、彼女はその笑みのまま彼を招いた。
「座れ」
スネイプが白いソファを指した。
「ここは誰の部屋だったかしら?」
言いながらも、リリーは示された位置へと座る。スネイプはマントを脱ぎ、慣れたいつもの位置へとかけた。マフラーにも手をかけ、ピタリと止まる。
「取って、セブルス。暖炉の灯った部屋では暑苦しいわ」
「……分かっている」
スネイプは得意とする調合の手つきのように繊細な動きで、真新しい黒のマフラーを外した。そして手袋からも指を引き抜き、大切にポケットへと入れる。
「それで?私たち朝食もまだなのよ。そんな時間のクリスマスに訪ねておいて、プレゼントの一つもなしじゃトロールよりも大馬鹿者だわ」
「プレゼントは、ある」
彼は指先でつつき弄んでいた箱を取り出して、差し出された彼女の両手へとそれを乗せた。
「君にとっても……あー、喜ばしい物だ。恐らくな」
「歯切れが悪いわね。まさかあなたが悪戯グッズでも用意した?」
「そうしなかったことを後悔している」
ひゅっと下がったスネイプの口角に、リリーが声を上げて笑った。そして早く開けろと催促する彼の動作に押され、包みへと手をかける。ゆっくりと、自分と目の前の人物を焦らすような、丁寧な手つき。スネイプはその指先の動き一つ一つを眺めていた。
とうとう箱の蓋に手がかかる。
「セブルス、これって――」
「如何にも」
様々な感情が混ざり合う彼女の表情に、スネイプは静かに息を吐いた。少しずつ、長く、肺が空っぽになるまで吐ききると、今度はゆっくりと息を吸い込む。忽ち胸が安堵と歓喜に満たされていった。
外の冷えきった空気に雨は雪となって降っている。窓では暖められた空気が冷やされ結露を作っていた。そして心に沁みる水滴で、
睫毛がすこし湿っているようにみえた。
Special Thanks
you
(2018.12.24)