「恋の魔法
をおひとつくださいな」
罰則もないのに残って何を言い出すかと思えばそんなこと。教卓へ付こうとした女子生徒の手を払い、出口を指した。
「そんなものはない。出ていけ」
「でもロックハート先生が言ってましたよ。愛の妙薬の作り方を教われって」
朝から騒がしい男を思い出し、ため息をついた。この地下に下がってからもやつのバラ撒いた馬鹿げたイベントの悪影響が後を付いて回る。とは言え、まさか朝のあれを実行する人間がいようとは。だがもしそんな大馬鹿者がいるとするならば、エバンズだろうとも思ってはいた。
「あれは強力な執着心を引き起こすだけだ。恋ではない」
「――じゃあ、恋ってどんなものですか?」
からかいの欠片も見当たらない真っ直ぐな瞳が、瞬きもせずにこちらを見つめていた。口から息を吸い、答えの見つからない問いにまた閉じる。
「誰かにそう聞けと唆されたか?」
「いいえ、先生。ただ私は知りたかっただけなんです。先生をつい目で追ってしまうのは、先生がキラキラ輝いて見えるのは、恋なのかって。魔法にかかっても同じ状態が続くなら、これは恋だと確信できると思ったんです」
確信できたとして、それでどうする?
その問いは内から出さずに呑み込んだ。
「……君の鞄の中にある本にも作り方は載っている。人に尋ねる前に自分で調べるということを覚えたまえ。我輩は忙しい。用が済んだなら出ていきなさい」
「はい、先生」
エバンズは大人しく従った。その背にホッと胸を撫で下ろす。彼女の心を垣間見てしまったことへは蓋をして、次の授業準備へと取りかかった。
その翌日。地下牢教室で一人杖を振るエバンズを見つけた。少し部屋を空けた隙に入り込んだらしい。杖先を自分へ向け唱えては首を傾げる様子が扉の隙間から窺える。
「フィニート!」
何度も繰り返されているのは多様な魔法を終わらせる呪文。何か悪戯にでもかかったのかと注視するが、別段変わった様子はない。
「誰の許可を得てここにいる?」
「あ、スネイプ先生!」
いつまでも覗きを続ける趣味はない。分からなければ直接聞けば良い。そう思い踏み込んだ先で、彼女が勢いよくこちらを向いた。一瞬満面の笑みを浮かべ、そしてすぐに絶望へと染まる。
「呪文の練習がしたければフリットウィック教授に部屋を借りろ。ここでは君に壊されて困るものがあまりにも多い」
「はい、先生」
杖をローブの下へと戻し、エバンズが立ち上がる。
「何か呪いでもかけられたなら医務室へ行っておけ」
人が親切にもそう声をかけたというのに、彼女から返ってきたのはいつもの従順な返事ではなかった。こちらの顔をチラリと見上げ、はぁ、と大袈裟なため息がひとつ。
「人の顔を見てため息とは随分な態度だな」
「あ……ごめんなさい。失礼ついでに話すんですけど――」
「そんなついでは聞いたことがない」
そう言えど、彼女に話を止める気配はなかった。
「フィニートで先生に見えるキラキラがなくならないかと思ったんです。でも無理でした」
本当に眩しそうに目を細める彼女に、一体私はどう見えているというのか。キラキラを発するという自分を想像して、ゾッとした。
「先生のところにもバレンタインの贈り物がありましたよね?」
「何故それを……」
「贈ったって話してるのを聞いたんです」
コロコロと表情を変えるエバンズが、今度は突如胸痛に襲われたかのようにローブを掻き抱き、眉間にシワを寄せた。その痛みは私には対処しようのないもの。どんな治癒呪文も魔法薬も効果は示さない。
「それを聞いて、私、すごく酷いことを思っちゃいました。もしこれが本当に恋だとしたら、恋が私をこんな気持ちにさせているなら、こんな心、ほしくない。ねぇ、先生?
恋の魔法を解く魔法ってあるのでしょうか?」
Special Thanks
you
(2018.12.15)