禁じられた森のどこかに、それは存在する


禁じられた森のどこかに、それは存在する。

毎日森中を転々とし、ひっそりと暮らすそれ。初めてその存在を知ったのは、森の涼しさが嬉しい夏だった。薪割りの軽快な音に誘われて、奥へ奥へと進んでみたことがすべての始まり。


「あー!いけない、いけない、お客さんだ!いやー、困りましたね、非常に困りました。でもまぁ折角こんな森深くに来られたのですからお茶でもどうぞ」


私の存在に気付いたそれは両手に抱えていた薪を足元へ転がすと、背後にあった小屋を指した。ハグリッドのものよりも二回り小さく、それ自身はもっと小さい。フリットウィックとそう変わらぬ背丈のそれは、彼女と呼ぶのが相応しいのだろう。


「君は、ヒトか?」

「そう見えますか?」

「まぁ……概ねは」


こうして会話も成立している。しかしその外見は背丈どころではない差があった。どこの本にも載っているのを見たことがない。


「そう言うあなたはヒトですね。ダンブルドア以外のヒトを見たのは数十年ぶりです。あぁ、いけない!これは話して良いことだったかな?」

「聞くな。我輩が知るわけがなかろう」

「まぁいいです。とりあえず家へどうぞ。お茶でもどうぞ。ここへ来たならもてなすべきです!」


コロコロと変わる表情がよく分かる。彼女は裏表のない言動を全身から滲み出して扉を開けた。従ったのは、日頃の疲れ故だったに違いない。




二度目は霜の増えた頃だった。雲の厚い毎日で、森は一層重苦しい雰囲気を醸し出す。それでも蔦まみれの小屋を見ればすべてが馬鹿らしくなるほど気が抜けた。


「えー!また来たんですか?ダンブルドアの保護呪文も落ちましたね。それともあなたはグリンデルバルド以上の大物?ダンブルドアを打ち落とす。あぁでも残念。その頃私はここにいない」

「何の話だ?君は未来が視えるとでも言うのか?」


何がそんなに可笑しいのか、声をあげて笑う彼女は心底楽しそうに見えた。カゴいっぱいの果実からベリーを一粒取り出して彼女が頬張る。こちらにはレモンを放った。


「嫌だな、そんな大層なものじゃないですよ。でもこれ以上は言っちゃいけないことなんです。それよりもお茶、どうぞ」




我々は何度も森で出くわし、会えば彼女の淹れた紅茶で話をした。彼女を最後に見たのは、初めて出会った時と同じ夏だった。


「あぁ、やっぱりヒトはいいですね。何より火星の話をしない。フィレンツェもトルヴスもいいやつですが、彼らとは話が合いません」

「ケンタウルスもここへ来るのか」

「いえいえ、森でうろちょろしてると出くわすんです。それでちょろちょろっと話すだけ。ここへ来るのはあなたとダンブルドアくらいですよ。あ!ダンブルドアは元気ですか?」


身振り手振りで表情も忙しい彼女が前のめりになって話を振った。共通のものなど乏しい我々の会話で、初めて出会った日以降ダンブルドアの名前が出ることはなかったと言うのに。


「私もそう頻繁に会うわけではないが、恐らく元気だろう」

「そうか、そうか、それは良いこと。でももう会えなくなるのは寂しいことです。フィレンツェももう森へは戻りません。一人、二人、最後は大勢いなくなる」

「最後は大勢、だと?」


彼女の言葉から意味を汲み取ろうと頭の回転に鞭を打つ。それでも手がかりすら掴めなかった。彼女に問い返したところで意味がないのはとうに知っている。


「あなたはいいやつです。私はあなたが好きです。あなたもこの時間が好きです」


言い切られたことに、見透かされたようなばつの悪さが腹を撫でる。俗世から切り離されたこの場所は、いつしか安息の地のようになっていた。正体の分からぬ彼女との雲を射るような会話も何故か不快になれない。


「私はいいやつではない」


それだけを否定した。


「やっぱりいいやつです!いいやつにはとっておきをあげるべきです!」


手作りらしい木製のキャビネットの唯一水平な棚から彼女が取り出したのは、森のあらゆる植物を使って編まれた球体のカゴだった。大きく見えたそれは私の手に転がれば片手で隠せそうなほど。手の平で遊ばせてみても音はしなかった。


「それは終わるときに開きます」

「終わる?何がだ?中に何か入っているのか?」

「プレゼントは開けるまでのワクワクもプレゼントです!」


彼女は一際嬉しそうな顔で笑った。




「フィレンツェ!」


一階、玄関ホールから程近い11番教室。ノックもせずに飛び込んで、森を彷彿とさせる中心にいたケンタウルスへと歩み寄る。


『ダンブルドアを打ち落とす。その頃私はここにいない』

『もう会えなくなるのは寂しいこと』


彼女の言葉が過る。真の意味は分かり得ないが現にダンブルドアは杖腕に呪いを受けた。私の成すべきことは重い。そして彼女もまた、森から姿を消した。


「彼女はどこへ行った!」

「彼女?」

「彼女だ!森に住む小さな――」

「彼女にも名前はあります。リリー、美しい響きです」

「リリー……」


私は初めて、彼女の名も知ろうとしなかったことに気が付いた。


「リリーからあなたのことは聞いていました。いいやつだと」

「それで?彼女はどこだ!」

「彼女とはしばらく会っていません。星も彼女を探し出すことはできない」


壁を力一杯殴り付け、扉にも苛立ちをぶつけた。




『最後に大勢いなくなる』


その言葉の意味を真に理解したときにはすべてが遅かった。


「リリー……君は一体何者だったんだ」


首に巻かれた包帯へ触れ、静けさを取り戻した森の入り口に立つ。新緑が色濃く変わり、太陽からの恩恵を燦々と浴びていた。木陰は涼しく快適なことだろう。それでももう、私が足を進めることはない。

彼女は、

禁じられた森のどこかに、確かに存在していたのだ。

Special Thanks
you
(2018.11.13)


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