狡いひと。
口先ひとつで投獄を免れてしまったなんて。私はベラトリックスのように復讐や復活に駆け回ることもカルカロフのように仲間を売って保身に走ることもできなかった。ただ姿を変えて、身を隠すことが精一杯。
狡いひと。
口先ひとつでまた闇の帝王の元へ戻ったなんて。私は闇の帝王復活を知っても駆け付けることはしなかった。ただ左腕の痛みに耐えて、自分の一生が早く終わってくれることを願うばかり。
そんな私を、何故あなたは探し出したの?
「帰って、スネイプ。もう私は何にも関わりたくないの」
仮住まいの洞窟で、ランプを挟み向かい合う。お互いだけが照らし出される空間には外の風も届いてこない。
「エバンズ、君の協力が必要だ」
「私に何ができると言うの?また闇の帝王に飼われろとでも?そんなのもう嫌。殺すなら殺せばいいじゃない。カルカロフへしたように!」
グッと拳を握れば、ガラスの割れる音がした。子供のような洩れ出た感情が、この場に暗闇をもたらす。彼がどう動いているのか分からない。それでも砂利を踏みしめる音もマントを捲る音も聞こえては来なかった。
「そのつもりはない。私は私の意思で君を探していた。君を必要としているのは、この私だ」
彼の声だけが石壁に跳ね返る。
「闇の帝王の玩具を手に入れたところで、あなたはあのお方にはなれないわ。それとも、私だけが知る秘密でもあると思っているのかしら?睦言を交わしたと?」
ジャリ、と初めて声以外が響き、私は即座に杖を抜く。杖先の明かりを宙へ投げると、浮かび上がった彼が両手のひらを私へ見せつけた。
「君は自分の意思で帝王の側にいながら、あのお方に忠誠を示さなかった」
「だったら何?あの方は玩具の心なんてどうでも良かったの。ただ忠実に従う玩具であればそれで。――あぁ、私が蛇のアニメーガスなところも気に入ってたのかもね」
「私もそうだ」
「――何?」
「私の忠誠も、今は別の場所にある」
「一体どういうことなの?」
「知りたければ私を覗け、エバンズ。ただし協力すると誓ってからだ」
たっぷりと間が空いた。その間彼は急かすでもなく、身動ぎひとつせず待っていた。狂いそうな静寂の中で、今は彼と二人。
「誓うわ」
「そうか」
暗闇にも負けない彼の瞳をただ見つめる。
「レジリメンス(開心)!」
なぞることを許された彼の記憶は、想像しがたいものだった。愛を理解しない男の側に、こんなにも愛に溢れる男がいたなんて。私の飢えた心に深々と突き刺さってしまう。
「ダンブルドアは私に何をさせたいの?」
「言っただろう。君を必要としているのは私だと」
私の身体が溶けるように姿を変える。身をくねらせ差し出された腕を上った。かつて死の呪文の閃光に似ていると表されたこの色を、この男ならば何と表現するのだろうか。体を首へと回しても、彼は拒否を示さなかった。
一度惹き込まれてしまったが最後、
もう、逃れられないじゃない。
Special Thanks
you
(2018.12.10)