この薬草店を始めて10年が経った


この薬草店を始めて10年が経った。

周囲の反対を押し切ってもうそんなに経つのか。今まで潰れずに来れて、少しずつでも併設する温室を拡大できたのは、反対したはずの周囲の協力あってこそ。私は本当に恵まれている。

カランコロン

慣れ親しんだ来客の知らせが奥のプライベート空間にも届く。予約の品を渡すだけの簡単な仕事。毎回予定時間ちょうどに来るその客が、今日は珍しく早く到着したらしい。


「いらっしゃい、スネイプ教授」

「どうも」


全身を黒で覆う彼は無数の水滴を纏っていた。


「とうとう降り出しちゃいましたか。すぐタオルをご用意しますね」

「それには及ばない」


彼は懐から杖を取り出して、自分へと向けた。マントが靡き、髪がそよぐ。その杖が上から下へゆっくりと全身をなぞったとき、彼は天候など無視してきたかのようにカラリと乾いていた。


「予約の品はご用意できていますよ」

「今日は追加で持ち帰りたいものがある。可能だろうか?」


杖に代わり摘まみ出された紙を受け取った。几帳面にリスト化されたそれに上から下まで目を通し、首を縦に振る。


「ですが店内の在庫では足りないので今から温室で摘み取ることになります。少々お時間いただいて……1時間後、またご来店いただければご用意しておきます」


そう提案してみた。しかし彼は不都合でもあったのか、「イエス」とも「ノー」とも答えない。常連とも言える彼と深い話をしたことこそないものの、それでも物事をハッキリさせたがる印象を受けていた彼の珍しい姿に、私は興味をそそられてしまった。


「スネイプ教授、ご要望は遠慮なさらず仰ってください。うちみたいな趣味の延長にある店は融通が利きやすいことも売りなんですから」

「では――温室を拝見させていただきたい」


葉のサイズの細かな指定だとか、乾燥させた葉一枚の重さの指定だとか。今まで色んなものを聞いてきた。しかし今回のは初めて。


「温室の見学、ですか?」

「無理を言っているのは理解している」

「確かホグワーツにも温室があるんでしたっけ。どうぞ、参考にしていってください」




案内した温室で、彼はとてもお行儀のよい見学者だった。私の歩いた場所だけを、私の歩いたように歩く。それも付いてきて構わないと声をかけなければ入り口から眺めるだけで終わらせる気だった。見慣れた植物であろうと決して手は出さない。


「ここは植物ごとの仕切りがないのか」

「温度管理も植物同士の相性も、きちんと考えてあげれば問題ありません。例えば今から摘み取る薬草は悪魔の罠の向かいに植えてありますが、彼らは互いを助け合――っ!」


目的の葉を摘み取るため一歩距離を詰めた、その時。素早く伸びた蔓が私目掛けて襲いかかってきた。しかし私はホッと安堵の息をつく。


「あー、はは。助かりました。いつもはもう一人いてくれるので油断していました」


後ろにいたスネイプ教授に引き寄せられ、事なきを得た。彼は杖から出した火を操り悪魔の罠を遠ざける。蔓が問題ない距離にまで下がると、ようやく私の二の腕は解放された。


「だろうな。そうでなければ危険だ。咄嗟に杖を出せるようにくらいはしておくべきだろう」

「それが、出す杖が私にはないんです」

「杖が、ない?」

「私はスクイブなんです。魔法界にしがみつくことを選んだ。それもあって、ここの薬草は可能な限りマグル式で育てられています。それがうちの店の最大の秘密です」


彼の黒曜のような瞳が私を捉え、温室中をぐるりと見回す。そしてまた私へと戻ったとき、彼が口を開いた。


「ここで買った薬草はどれも癖がなく調合に対し理論通りの反応を示してくれる。当たり前のようにも思うが、実のところそうではない。今回見学を願い出たのは、その理由を知りたかったからだ」

「そうだったんですか。私は調合までは出来ないので存じませんでした」

「私は薬草を育てる過程で触れた魔法が多少なりとも影響を残していると考えていた。どうやらそれが的外れではなかったらしい。だがこれらの薬草を魔法なしで育てるのは並大抵のことではない」

「どうしても育成に手間暇はかかってしまいますが、それも仕方のないこと。苦ではありませんよ」

「マダム・エバンズ。一魔法薬師として、私はあなたの仕事に尊敬と感謝を示す」


世界が突如フラッシュを焚いたように眩しくなった。チカチカと眩む目にやがてじわりと黒い影が現れる。しかし一向に鮮明になる気配はなく、代わりに何かが頬を伝っていった。

私は本当に恵まれている。こんな風に認めてくれる人がいるなんて。言葉として私に届けてくれる人がいるなんて。だから胸を張って言える。

私に

魔法は使えない。

Special Thanks
you
(2018.12.9)


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