先生のお気に入り。
それはじめじめとした地下の雰囲気。キュウリだけのサンドイッチ。雨の日の中庭。長年見続けて、ようやくそれに気づいた。それからはその瞬間に立ち会うのが楽しみで、雨が降る日にはこうして中庭の見える廊下へ顔を出す。
「ミス・エバンズ、そこで何をしている?」
現れたらいいのにと願っていた人物に背後から声をかけられ、心臓が驚きに縮む。
「特に、何も」
「NEWT試験を控える身でありながら悠長なことだな」
「たまには休みも必要だとマダム・ポンフリーに言われたので」
図書室の帰りらしい荷物を抱えた先生が、少し思案する間を見せた。これ以上何を言われるのかとドキドキしながら待っていると、黒い瞳が細められ、ゆっくりとした瞬きがひとつ。
「暇なら君に我輩個人の薬品棚の整理を任せよう」
「先生個人の、ですか?」
「ついてきたまえ」
「あ……」
先生の右足が浮いたその瞬間、私はその表情に釘付けになっていた。
「何だ?今更用事を思い出しても手遅れだ」
「いえ……私って、先生のお気に入りですか?」
「――は?」
「地下、キュウリのサンドイッチ、雨の中庭。それを前にした先生は右側の頬がヒクッて動くんです。気づいてませんでした?」
「君こそ、
気づいていなかったのか?」
原文 気づいてませんでした?
Special Thanks
you
(2018.12.6)