早く大人になりたい。
大人になって、この場所から出ていってしまいたい。大鍋が火にかけられふつふつと沸くように、私はこの地下でいつも茹でられる。
「ミス・エバンズが完璧な群青色で調合した。まだこの手順へ到達できていない者はここへ来て参考にするように」
先生の一声で、代わる代わる知った顔が覗き込んでは去っていく。認められることは嬉しいけれど、晒し者にされているようで居心地は悪い。煮込む間の数分間を視界の端でスネイプ先生を追いながらぼんやりと過ごした。
「さて、黒板通りに調合していたならば、そろそろ諸君の大鍋は光沢を纏っていることだろう」
確認すると、確かに艶々とした群青に浮かぶ私の顔が映った。
「しかし最後まで気を抜くな。それが君たちの命運を分けることになる」
失敗しあちらこちらから上がる白煙で、黒板はとても見辛くなっていた。写した手元の羊皮紙とにらめっこしながらボコボコと大きな気泡を吐き出す群青へ柄杓を沈める。
イチ、ニ、とカウントしながらかき混ぜていく。最後の一回を右へ回し、柄杓を止めた。
――つもりだった。
突如降ってきた腕が無遠慮に私の手ごと柄杓を掴み、ぐるんと左へ一周。制服とは違う黒のローブを着ているのはこの場で一人だけ。それでなくても用が終わればすぐに離れていった大人の手には見覚えがある。
「黒板をもう一度確認しておけ」
そう残して、先生はまた教室の見回りへと戻っていった。すぐに目を凝らして黒板を見る。そこには写し忘れた最後の手順が書かれていた。教科書にも載っていない先生のオリジナル。
「完成した魔法薬を提出した者から終了だ。もう一度言う、魔法薬だ。我輩が求めているものは石や泥ではない」
教卓へ戻った先生の元へ、何人かが小瓶を手に駆け寄った。少し遅れて私も小瓶を手に教室の前へと歩く。教卓には先生が見本として置いた魔法薬の入った小瓶があった。見比べても遜色ないように思う。それはあの時先生が教えてくれたから。
「ありがとうございました」
小瓶を渡し、言い損ねていた礼を言った。
「これで手順は記憶に残るだろう。君なら最後に左回転を加える理由も分かるのではないかね?考えてみたまえ」
「はい、先生」
先生の黒い瞳に見つめられ、またふつふつと茹でられる。素早くターンして荷物を纏めると、逃げるように階段を駆けた。
この地下は、
私には眩しすぎる。
Special Thanks
PUNI様
(2018.12.6)