『意地悪な人は嫌い』
そう言ってしまったときのセブルスの表情を思い出し、リリーの胸がチクリと痛む。
「でもでも悪いのは絶対にセブルス!」
「私としては、巻き込まないでくれれば何だって良いよ」
「手土産はちゃんと用意したじゃない」
リリーがマグカップに入ったティーバッグの紅茶を啜り、持ち込んだクッキーを頬張る。向かいのソファではリーマスも同じ行動を繰り返していた。
「ここのクッキーよく手に入ったね。いつもならすぐ売り切れてしまうのに」
「セブルスのお気に入りなの。一緒に食べようと思って朝から買いに行っちゃった」
「朝食の時間に見なかったのはそのせいか。セブルスが寂しそうにしてたよ」
「本当?でも腹いせに食べきってやるって決めたから!ほら、リーマスも協力して!」
言いながら、掴んだクッキーをリーマスの口元へと持っていく。受け取ろうと伸びてきた手をかわし、クッキーで唇をつついた。共に子供だった頃にはよくこうしていた。観念したように開くリーマスの口へ、リリーが半分だけクッキーを差し込む。
「ほう、随分と仲がよろしいようで」
そこへ音もなくスネイプが現れた。
「他人の部屋へ入るときはノックをするものですよ、スネイプ教授」
リリーが堅い表情と口調で指摘する。セブルスは一歩も動くことなく手を伸ばし、開け放ったままの扉を二度叩いた。
「入っても?」
「ダメ」
「他人の部屋では勝手に返事をしないものだ、エバンズ」
「他人の部屋で痴話喧嘩はしないものだよ、二人共。入りたければどうぞ」
リーマスの一言で二人は口を噤んだ。一瞬の間があって、セブルスが許可された境界を越える。
「入りたくなどない。届け物があるだけだ。ルーピン、飲みたまえ」
飲みかけのマグカップの隣へゴブレットが置かれた。煙を吐き出しながらドロリと喉越し悪そうに波打つそれに、リーマスの眉間が瞬時に寄せられる。
「毎月のことだけどどうも慣れなくてね。ありがとう、セブルス」
「飲んで、リーマス」
先程まで舌鼓を打っていたのは紅茶とクッキー。その味の落差にリーマスがなかなか手を伸ばせないでいると、リリーから催促がかかった。その真っ直ぐな瞳にリーマスは躊躇いながらもゴブレットを掲げる。その奥でセブルスもまたリーマスを観察していた。
「月夜に乾杯」
ガブリ、ガブリ、とゴブレットの傾きに合わせリーマスの喉が上下する。
「あれ、これいつもの薬?少し味が違うんだけど大丈夫かい?」
「どう違うの?」
「うーん、いつもより苦味が少ない、かな。何か入れ忘れてた、なんてことは?」
「我輩に限ってそれはあり得ない」
リーマスの心配をバッサリと切り捨てて、セブルスが背を向ける。扉を開けるとすぐには出ては行かず振り返った。ただ一点だけを見つめ、しかし何も言わずにまた背を向ける。長いマントがスルリと部屋から消えた。
「また意地悪な味に戻ったら言ってね」
リリーが満足げな笑みを浮かべた。
「まさか喧嘩の原因はこれ?」
空のゴブレットを手渡しながらリーマスは目を見開いた。受け取る彼女からは肯定が返る。
「一因ではあるわね。二人の仲がどうであれ、魔法薬師としてベストを尽くさないのは我慢ならなくて。――じゃあ、また明日」
「セブルスによろしく」
リリーはヒラヒラと手を振った。そして扉を閉め廊下へ目を向けたとき、先に行ったはずの黒衣に足が止まる。
「遅い」
不満を隠す気もない彼にクスクスと笑い、ゴブレットを手渡した。
「待ち合わせなんてしてた?」
「最後に目が合っただろう」
「あれだけで?」
「我々にそれ以上のやり取りが必要か?」
「もちろん必要よ」
フン、とセブルスが鼻を鳴らし、二人並んで歩き出す。ホグワーツでも見慣れた光景。しかし今はほんの少しだけその間が狭い。服が擦れ、手の甲で互いを感じた。
彼はとことん意地悪になるときがある。それは相手が私であっても例外ではない。
だけど、好きで好きで仕方がない。
Special Thanks
you
(2018.12.6)