人生捨てたもんじゃない。
喧嘩ばかりの親に挟まれ身動きが取れずにいた私を魔法が救ってくれた。ホグワーツから入学許可証が届きどれほど喜んだことか。やっと解放される。夏の休暇だけは憂鬱だったが、それでも後の10ヶ月間は自分の世界に没頭できた。中でもお気に入りは魔法薬学。色々なものを組み合わせ新しいものを作り出す芸術は私の心を掴んで離さなかった。
週末、いつものようにスラグホーン先生への質問を終えての帰り道、たまに見かける顔とすれ違った。黒い髪に鉤鼻、ひょろりと痩せた身体の名前は知っている。セブルス・スネイプだ。六年生から魔法薬学を一緒に受けることになり、彼の才能は知っている。私同様スラグホーン先生へ質問に行くに違いない彼のその才能のほどが気になって、私はピタリと足を止めた。
しばらく待てば、再び足音が聞こえ出す。暇潰しに開いていた魔法薬学の参考書を閉じて顔を上げた。
「こんにちは、スネイプ」
「……エバンズ、か?ここで何してる?」
「あなたを待ってたの。良かったら一緒に勉強しないかと思って。今週の授業でやった調合をもう一度してみない?スラグホーン先生から地下牢教室の使用許可はいただいてるわ」
彼は少し思案して、時計を確認してから首を縦に振った。
「断られるものだとばかり思ってた」
いつも使う教室で、リリーが錫製の大鍋を火にかけながら言った。
「スラグホーンに、君と一緒にしてはどうかと言われたんだ。僕よりも良くできていたから、と。そうでなければ断っている」
スネイプは神経質に萎びた無花果を刻みながら答えた。
「私ね、魔法薬学が一番好き。緻密な科学と精密な芸術は間違いなく魔法だわ。大釜で沸き湯気を立たせる液体が私たちの血管を這いずり回る。その繊細な力が心を惑わせ感覚を狂わせてしまうなんて素敵よね」
自分勝手に語ってから、黙々と作業を進める彼の様子に不安になった。脾臓を磨り潰していた手を止めて窺えば、彼も顔を上げる。
「随分な熱の入れようだな。スラグホーンでもここまでの演説はしなかった。――でもまぁ、分からなくはない。魔法薬を軽んじて呪文ばかり頭に入れるやつは愚かだ」
気が合うかもしれない。
そう思ってからは残っていた緊張も溶け、調合に専念できた。教科書の手順にケチをつけ、ああだこうだと議論しながら改良を加えていく。しかし私たちの知識を合わせても、そう上手くばかりいってはくれない。時には黒煙で教室を満たし、時には不思議な色彩の液体を作る。だが間違えたならやり直せばいい。
「悪い、そろそろ時間だ。マルシベールたちが待ってる」
「あぁ、噂の黒いお友達ね。今度は魔法薬を置いて呪文の勉強?」
「エイブリーが面白い呪文をやって見せてくれるらしい」
時計を確認したスネイプが自分の荷物をまとめた。最後にトントンと羊皮紙の端を揃え脇へ抱える。
「君は止めないんだな」
「初めて会話したんじゃないかってくらいの人間に交遊関係をとやかく言われるのってどう思う?」
「最悪だな」
「でしょう?それに今のスネイプ、楽しみで仕方ないって顔してる」
そう指摘すれば、彼は視線を逸らし抱えた荷物を顔まで持ち上げた。
「……セブルスだ」
「セブルス?」
「君は?」
「私?あと一回だけ調合し直そうと思ってるけど……?」
「違う、名前だ!」
「ああ!リリーよ」
「ならリリー。来週もここで一緒に調合しないか?」
予想外のお誘いに、目を瞬かせた。「はい」とも「いいえ」とも答えない私に彼は時計を気にしつつ返事を促してくる。
「もちろん!」
人生捨てたもんじゃない。魔法は私に新たな友達まで与えてくれた。スリザリンで、闇の魔術に興味津々の、取っ付きにくい雰囲気のある男の子だけど、魔法薬の知識は豊富。
彼なしで再開させた調合は液体の鮮やかなピンクで終わりを告げた。だけどどうってことはない。
間違えたらやり直せばいい。
Special Thanks
you
(2018.12.4)