檸檬は苦い。
リリーが投げ出していった檸檬がまだその衝撃を受けゴロリと転がる。ダイニングテーブルから落ちそうなそれを中央へ置き直し、深く息を吐き出した。
檸檬の苦味は外を覆う皮と中に隠された種がその原因だと聞く。その真偽を確かめる気はないが、私の原因もまた、外を覆うくだらないプライドと奥に封じ込めた過去のせい。
喧嘩、と言うにはあまりにも一方的で、彼女が私の前から姿を消したのはこれが初めて。バチン、と音ひとつで姿をくらまされては追いかけることもままならなかった。
また深く息を吐き出す。
寂れたスピナーズ・エンドの狭い家で、リリーを感じるものはとても多い。右を向いても、左を向いても、彼女が微笑んでいてくれるような気がした。
しかしこんな時、彼女がどこへ行くのかを私は知らない。懇意の友人、彼女の生家、昔遊んだ公園、お気に入りの喫茶店。候補をいくつも思い浮かべては消す。ここにいるよりもしらみ潰しに当たるべき。そう感じてはいても、部屋を出た私の足は二階へと向かった。
一番奥の寝室。そこで我々は多くを共有した。私にとっては大切な場所。ドアノブに手をかけ、静かに捻る。
「リリー……!?」
彼女はここにいた。ベッドの角へ座り、頬を拭う姿に胸が引き裂ける。駆け寄ろうと踏み出した足は、立ち上がり距離を取る彼女を前に動かなくなった。
「私は怒っているんです」
それはとても静かなものだった。
「私は馬鹿なことを言った」
「言うつもりはなかったと?」
「――っ、いや、聞いてくれ」
「聞いています。もうずっと。聞いてくださらないのは、あなたの方」
「私はっ――」
「お好きになさってください。私も勝手にします。今まで通りに」
「待ってくれ、リリー!」
「これ以上何を待てば良いのです?ただ守られるだけの愛なら、私には必要ない」
『必要ない』
その言葉に脳を揺さぶられる。
「また会いましょう、セブルス。次は戦友として」
乾いた音が寝室に広がった。
檸檬は苦い。
しかし檸檬なら、ただの檸檬だったならば、事は単純。
苦ければ砂糖漬けにしてしまえばいい。
Special Thanks
you
(2018.12.1)