ここではないどこかへ行きたい


『ここではないどこかへ行きたい』


かつて進路相談でそう答えた生徒がいた。名をリリー・エバンズ。学力は平均的で、素行も突出したものはない。どこにでもいる、目立たない生徒だった。




「ここ、とはホグワーツか?ならば卒業すれば縁は切れる。魔法界そのものを指すのならバーベッジ教授へ話を通そう。今後は彼女と進路相談を行うことになる」


スリザリン生としては滅多にないことだが、それでも学校全体を見れば毎年一人は存在する。用意した資料を片付けながら彼女を窺えば、返ってきたのは曖昧な返事。


「ハッキリしたまえ」

「いえ、あの……やっぱりいいです」

「いい、とは?」

「私でも出来る魔法界の仕事を教えて下さい」


煮えきらない返事とこちらへ丸投げする姿勢。そのどちらにも苛立って、まとめた資料をテーブルへと投げた。彼女がビクリと肩を震わせようが構わない。


「エバンズ、これは君自身のことだ。真剣に考える気はないのか?」

「はい、いやっ、いいえ……ごめん、なさい」

「日を改める。それまでに何か希望を見つけておけ。この際、魔法省は嫌だとか、これ以上呪文学を履修したくない、でも構わん」

「分かりました」


肩を落とし生気なく立ち上がる彼女から視線を逸らす。視界を横切った彼女の資料に「マグル生まれ」という文字を見つけ、日頃の彼女を思い出してみた。

エバンズは目立たない生徒。しかしそれは自らそうあろうとしていたのかもしれない。純血主義者も多いスリザリンで彼女の生まれは攻撃の的となる。「何も違わない」辿々しくもそう言えた記憶を引っ張り出した。


「待て」


退出し扉を閉める寸前の彼女を引き止める。「ここではないどこか」がかつて私の望んだ場所だとしたら。ダンブルドアが私を引き止めたように、私も。


「君に友人はいるか?」

「……はい」


彼女は常に孤独に過ごしているわけではなかった。魔法薬の授業ではグリフィンドールの隣へ座り、諍いなくやり取りをする姿を何度も見ている。


「私にも友人がいた。その人はグリフィンドールで、快活な女性だった」


意外だと言いたげな表情を隠そうともせず、エバンズは言葉の続きを待っていた。

しかし、


「以上だ」

「えっ?」

「行きたまえ。次回の進路相談日は追って連絡する」


私には親身になってやれるだけの中身がなかった。マクゴナガルやスプラウトのようにはできない。追い払うように退出させて、競り上がるため息をそのまま吐き出した。




「思い出せるものだな」


今も変わらぬ中身のなさに自嘲的な笑みが浮かぶ。平均的で突出した素行もなかった一生徒を思い出した原因。その一枚の絵はがきを事務机の雑多な引き出しへと入れた。


『スネイプ先生へ

とうとう私、魔法道具作りの権威の元で住み込みで働くことになりました。「ここではないどこか」はこの工房のことだったのだと確信しています。私の未来を引き出してくれてありがとうございました。

P.S. グリフィンドールのご友人によろしくお伝えください。

リリー・エバンズ』


彼女は無事に居場所を見つけた。私にとってホグワーツがそうであるように。ハグリッドやフィルチ。休暇中もここに留まる者は多い。彼らは他に行く宛もない。しかし私には帰ることのできる家がある。


「よろしく、だそうだ、リリー」


それでも此処は、吾輩にとっても家だ。

Special Thanks
you
(2018.11.30)


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