ねぇーなんでパパはママとけっこんしたのぉ?


「ねぇーなんでパパはママとけっこんしたのぉ?」


いつもならうとうととし始めているはずの娘が今日は真ん丸の眼を輝かせたまま。引く気のないその真っ直ぐな瞳は母親譲りだ。セブルスは読み終えた絵本へと曇る表情を閉じ込めて、どう返したものかと左へ視線を巡らせた。


「ママから聞くように頼まれたのか?」

「あのね、クリスのパパはママがせかいでいちばんかわいいからけっこんしたんだって。パパは?」


子供にも友人付き合いというものはある。彼女に何か話のネタを持たせてやるのも――決して気は進まなくとも――自分の務めなのだろう。そう思うことにして、セブルスは幼い肩を布団の下へと潜り込ませた。そしてとくとくと鼓動する娘の心音に合わせ、そっと優しくリズムを打ち始めた。


「私は……」






バタバタと騒がしい靴音がホグワーツの地下に響く。慣れた足取りで目的の部屋へと駆け下りる女は制服ではないローブを身に纏い、生徒より一回りほど大人びた顔つきをしていた。


「セブルス!」


よく通る声とともに、ノックもなく扉が開け放たれる。呼ばれた男は奥の事務机から用意していた不満顔で女を睨み付け、追い払う仕草で手を振った。


「相変わらず騒がしい靴音だ。緊急時以外は大人しくしていたまえ」

「念願の教科へ就任されたそうですが、あなたも部屋も相変わらずで安心しました」

「ここに闇祓いの警備は必要ないぞ、リリー?君の暇潰しに付き合う余裕も、だ」


セブルスは大袈裟なため息を吐き出して、羽根ペンを握っていない手を大袈裟ではない羊皮紙の山へと置いた。


「今日は良い報告があるんです!実はこの度、ホグズミードに家を購入しました!」


ここへ来たときから緩んでいた頬を更に咲かせ、リリーが自ら拍手をもって祝いを示す。対してセブルスは唇を引き結び、石壁へ溶ける音に眉間を寄せた。


「……我輩には関係のない報告をわざわざどうも。用が済んだのなら、出口は君の真後ろにある」

「いつでも来てくださいね」

「その必要があれば」


あるはずがない、とセブルスは表情で語り、書きかけの羊皮紙へと視線を落とす。ペン先をインク瓶へ浸したところで、近付く靴音に動きを止めた。

向かいで影がゆらりと事務机に乗り上げる。


「これが住所です」


セブルスの指から羽根ペンを抜き取って、リリーが使われていない羊皮紙の隅へと滑らせた。


「闇祓いは噂通りの高給取りか」

「いつ何が起こってもおかしくない仕事ですから。こうして強引にでも夢を叶えていかないといけないんです」


あっけらかんと、どこか明るさも感じるような声だった。しかしその奥底に隠された冷たく震えるものに、セブルスは口を閉ざす。


「次の夢は、この家をセブルスにとっても心安らぐ場所にすることです」

「自分の夢へ勝手に他人を組み込むな。我輩にそのような場所は必要ない」

「余計なお世話だとは分かっています!でも、セブルスは私にホグワーツという家をくれたから、私も……」

「入学を許可するのはダンブルドアの仕事だ」

「そうだとしても、私の話をたくさん聞いてアドバイスもくれたのはあなたです。でもあなたは私に何も語ってはくれないでしょう?だからせめて、場所を。ホグワーツの教授でも騎士団でも死喰い人でもない、セブルス・スネイプでいられる家を――」






「……パパ?」

「……リリーが私にとっての家だったからだ」


もちろん、単に彼女が家を買った話ではない。結局あの日は適当に彼女をあしらって、住所の書かれた羊皮紙も燃やしてしまった。しかし文字は記憶に残り、無形の何かが心に残った。

だが詳しく語って聞かせる気はセブルスにはなかった。心の内をどう説明すればいいのかも分からない。

彼は寝かし付けるように打っていた手を止めて、娘を真っ直ぐに見つめた。求められたものに見合う答えは返ってこなかったというのに、未だ丸く開かれたままの瞳に不満の色はない。それどころか彼女はくふふ、と面白いものを見つけたときの声で笑い、肩を揺らした。


「……何だ?」


不満げな低い声に、幼い顔がニヤリと変わる。その表情に、セブルスは親子で同じ笑い方だとリリーに指摘されたことを思い出した。

深まる彼の眉間を意に介さず、弾んだ声が寝室に広がる。


「ママもおなじこといってたよ」

Special Thanks
江利加様
(2019.12.19)


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