喪に服すように凍てついた夜空は、私の心そのもの


喪に服すように凍てついた夜空は、私の心そのもの。

ポッカリと大きく空いた私の穴に容赦なく風が吹き込んで、心を冷やす。いや、とうに温もりは失われてしまっていた。彼から流れ出たすべてと共に。

大切で、掛け替えのない、唯一の存在。

魔法省から様々な肩書きの役人が遣わされ、あっという間に元の威厳を復活させたホグワーツ城が、私と同じ夜空を憂う。どれだけ高い塔を築こうと、雲は遥か上空で流されてゆく。


それはほんの出来心だった。

夜を一人で過ごす孤独に耐えきれず、禁じられた森へと入り込む。深く、方々へジグザグと、小道や獣道を行ったり来たり。ハリーから聞いた場所を求めて足を動かす。彼が死を覚悟したあの夜に通ったであろう道を探して歩いた。


もうどれだけさ迷っているのか、空を遮る枝葉は感覚を鈍らせる。それでも僅かな隙間から朝日が差し込む様子はなかった。時間を示すものは何一つ身に付けていない。私はただローブにマントを羽織り、杖腕に長年使い込んだ杖を握るだけ。

探し物はただ一つ。どんな呪文にも反応を示さない、親指の先ほどの塊。寝物語に登場する幻だったはずの、蘇りの石。

それがまさか、本当に見つかるなんて。


「セブルス……」


呼ぶことに意味はあるのだろうか。使い方なんて分からない。冷たく主張する石を両手で祈るように包んで目を閉じた。ビードルの物語に登場する二番目の兄に倣い、石を三度転がす。

会いたい。

ただ、会いたい。

横たわるだけではない彼に、もう一目。

数秒も待たないうちに、目の前に誰かの気配が舞い降りた。枯れ葉を踏み小枝を折るように動く何者かの存在を感じる。

はく息がどうにも震えてしまうことに気付きながら、私は恐る恐る目を開けた。


「まったく、君に必要なのは夜間の徘徊ではなく睡眠ではないのかね、リリー?」


腕を組み佇むセブルスは、ヒトともゴーストとも違う不思議なモノだった。見慣れたどちらでもない存在は、その身体には不必要に違いない呼吸を繰り返して胸を上下させている。ため息のためだけに吸った息を思う存分吐き出して、彼は真っ直ぐに私を見つめていた。


「私に必要なのは、セブルスです」

「ならばここにいる」


スッと上がった彼の腕は私の額を指した。


「こっちではなく?」


もうずっと痛いままの心臓を掴むようにローブを握り、精一杯の笑顔を作る。


「理屈を考えればこちらが正しい」


ふん、と彼が鼻で嗤う。その一挙一動すべてに心が過剰な反応を示していた。彼を手放したくない。このままずっと一緒にいられたなら。そんな自己中心的な願望が渦巻いては心を手招いた。


「何を考えているかは知らんが、止めておけ」

「ご自慢の開心術ですか?」

「知らん、と言っただろう。それにそんなものを使わずとも、君のことは君以上に知っている」

「随分な自信ですね」

「事実だからな。……君が現状に後悔していることも、私には分かる」

「後悔なんて……。私はセブルスに会いたかった」

「だが会ってしまえば、今度は君自身の手で終える時を決めねばならない。その手にある石を捨て、私を闇へ溶かすのだ」

「ずっと持っていれば良い!」

「こんな形の永遠など望んではいないのに?君も、私も」


伸ばされた手はゴーストのように透けて私を通り抜けはしなかった。けれど生者のような体温もない。いつの間にか溢れていた涙を拭ってくれる指は、押し当てられる感覚だけを伝える不思議なもの。


「……セブルスに言いたいことがたくさんあるんです。あともう少しだけ、私の我が儘に付き合ってください」

「あともう少しだけ、恨み節でなければ聞いてやろう」


片眉を上げる見慣れた彼に、張りつめていたものがふわりと緩んだ。


「私がまず言っておきたいのは――」


木々を揺らす夜風が二人を避ける。森深くを棲家とする生き物たちも、今日はこぞって夢の中。温かく包む杖灯りに絆されて、二人は最後の逢瀬を引き延ばす。流れる雲の遥か下、

夜空の裾で、僅かな命の灯火を瞬かせて。

Special Thanks
you
(2019.11.27)


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