古びたベッドのスプリングが音を立てて私の身体を受け止める


古びたベッドのスプリングが音を立てて私の身体を受け止める。

七年間包んでくれたマットレスが私の形に沈んで押し返した。窓から入る月明かりは頼りなく、杖先に光を宿す。お気に入りの恋愛小説を引き寄せ何度も読み返したページを捲った。小説の山場とも言えるシーンが今日も胸を甘酸っぱく満たしてくれる。

短く息を吐いて、リリーはベッドに隠した便箋を取り出した。封筒要らずのその手紙は書き終わると紙飛行機となって届け先へ飛んでいく。ありがちな宣伝文句にまんまと釣られ、彼女はこの便箋に想いを綴っていた。


闇夜に負けず煌めく漆黒のあなた。

その瞳の奥に私だけが知る情熱を秘めていて。

唇が奏でるどんな言葉も私には魔法。

愛しています、スネイプ先生。


手紙の最後へここ何日も悩んでいた差出人を書き足して、白い羽根ペンをサイドテーブルへと寝かせる。

世話焼きの便箋はすぐに効果を現した。

ぶるりと震えリリーの手から飛び出して、どうして探し出せたのか、きっちりと閉めた窓の紙一枚分の隙間から自らを外へと押し出す。今度はひらりと風に煽られよろめくような仕草を見せた。負けじと自らを縦へ横へと折り込んで、あっという間に紙飛行機へと変わる。

その数秒間をリリーはただ呆然と口を開けていた。大きく息を吸い込んで、冷えた空気に頭が冴える。


「やっぱりダメ……!」


慌ててベッドから飛び下りて窓へと駆け寄る。外気の冷たさに怯むことなく窓を開け放った。その手はすぐさま紙飛行機へと伸びて、空を掴む。宛先へ降下し始めた想いの塊を止めるべく身を乗り出した。


「あっ……」


ぐしゃりと手に握り込まれる紙の感触と共に、リリーの身体はあってはならない方向へと傾いた。咄嗟に掴もうとした窓枠に裏切られ、危機を報せる悲鳴も凍りついた喉では響かない。ベッドに転がる杖が駆け付けてくれる話などなく、彼女の頭に楽しかった人生が溢れ出す。


「アレスト・モメンタム(動きよ、止まれ)!」


声は突如として地上から駆け上がった。それに従いリリーの身体は校庭の芝を鼻先に感じる距離で急停止し、彼女がほっと息をつくよりも早く動きを再開させる。投げ出された荷物のようにドサリと青臭い地へ頬を付けて呻きを上げた。

大袈裟すぎるため息が芝を擦れるマントの気配と共に迫り来る。リリーは聞き間違えるはずのない声の主に、握りしめていた便箋を慌ててポケットへと突っ込んだ。


「早く立て、ミス・エバンズ。怪我はないはずだ」

「……はい、スネイプ先生」

「君に飛び降りる理由があったとはな」

「これは、事故です」

「命を賭けるほど価値のある紙なのだろうな。そのポケットにあるものは」

「それは、えっと……」


冷えた視線で刺され、リリーはポケットの外側からぐしゃりと便箋を押さえつけた。取り上げられることも覚悟したものの、スネイプは深く刻んだ眉間を緩めることなく舌を打つだけ。


「魂も心ももっと慎重に扱え。いずれ君に相応しい場所が見つかる」

「それはどういう――」

「グリフィンドールから五点減点。騒ぎを大きくせずに済んだ幸運に免じて罰則はなしだ」

「ありがとう、ございます……?」

「助けた礼はないと言うのに、罰則免除には礼を言うのか、君は」

「あっ!ありがとうございました!私、先生がいなかったら!」

「マグルであれば命はなかっただろうな。――何をしてる?早く来い。抜け出した生徒を寮へ押し込むまでが私の仕事だ」

「はい、先生」


寮までの短い道程をカツン、コツン、と二人分の靴音が響く。私の歩幅なんてお構いなしの先生に目一杯足を伸ばして歩いた。気まぐれな階段も先生の気迫に最短ルートを指し示す。風を受けるマントや髪をいつまでも追っていたかったのに、先生は遠慮なしに太った婦人を叩き起こした。


「次に空を飛ぶときは箒を使え、ミス・エバンズ」

「ご迷惑をお掛けしました。おやすみなさい、先生」


大好きな恋愛小説を真似て書いたラブレター。私はこの文章にどれだけ自分の思いを込めることができたのだろう。借りっぱなしの魅惑的な他人の言葉はどれも今の私に当てはまらない。

いつか自分の言葉で綴ることができたなら。そのときはグリフィンドールに相応しい私になろう。

斯くして仮初めの言葉を並べた初めてのラブレターは不要になった。けれど破り捨てることも燃やすことも消し去ることも憚られ、私は大好きな恋愛小説に寄せ集めの思いを挟み、

そっと本を閉じた。

Special Thanks
r.a様
(2019.10.8)


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