貴方の生きる道。
それはきっと険しく果てしない。闇へ染まり行くセブルスを近くで眺めることしかできない無力さに気付けた私は、ホグワーツ卒業を機に魔法界との縁もろとも想いをバッサリと絶ち切った。
はずだったのに、何の因果か働き始めたマグルのカフェには度々魔法使いがやって来る。
「スゴいね、赤毛くんたち。また手品の腕を上げたんじゃない?」
「赤毛くんじゃなくて、僕はフレッド」
「僕がジョージ。まさか1年で忘れちゃった?」
同じ声に同じ顔。見る度に大人びて、そろそろ成人であろう彼らが変わらずにいるのは赤毛くらい。年に数度、夏にはしばしば店を訪れて、新作の手品を見せてくれる。それがもう何年続いているんだったか。
「フレッドにジョージ。覚えてるよ、忘れてたけど。めっきり来なくなった客のことなんてそんなもの。でしょ?」
「まぁ、それは」
「僕らにも色々あって。聞いとく?」
「止めとく。最近は妙に良いスーツを着込んでいるし、羽振りも良い。世の中知らなくていいことの方が多いから」
毎回賑やかな二人に差した暗い影。その真偽を追う前に、彼らはいつものにこやかさで取り繕ってしまった。カウンター越しばかりの私たちは、それに深く口出すような仲でもない。
「じゃあね、リリー」
「リリー、元気で」
そう言って二人は同じテイクアウトのカップを掴んだ。手品の披露が終われば彼らは彼らの居場所へと戻っていく。今日はいつもの「またね」が欠けた別れだった。けれど不穏な胸騒ぎには目を瞑らなければならない。そういう仲なのだ。
広くなった同じ二つの背中を見送って、店内へと意識を戻す。今日はめっきり人の来ない淋しい日だった。耳馴染みの良いBGMも今は私のためだけに流れている。
無人の店内へ背を向けて、自分用にコーヒーを入れる。砂糖をほんの少しとミルクたっぷりで色付けて、熱いカップを指先で支えた。
「私にも同じものを一つ」
「っ、いらっしゃ――セブルス!」
無音の来客に振り向けば、かつて無力さで私を遠ざけた男がそこにいた。彼はすっかり歳を取っておじさんで、私もそれなりのおばさんで。それでも時を越えてお互いだと瞬時に分かる。
こんな日が来るとは夢にも思わなかった。
「久しぶりだな、リリー」
「偶然、のはずがない。何の用?」
「言っただろう『同じものを一つ』と。私がコーヒーを飲むためにカフェへ立ち寄るのはそんなにおかしいか?」
「いえ、でも……あなたはあの双子たちを追ってた?」
「…………」
彼は肯定も否定もしなかった。表情でさえも返答を濁し、ただ多すぎるマグルのお金をカウンターへ乗せ、私の入れたコーヒーを引き寄せる。
「世界が変わる」
セブルスの声は重々しかった。
「すべては常に変化してる。私はこのまま身を任せるだけ」
「君の杖は?」
「この生活に必要だと思うならマグル学を学ぶべきね」
「常に携帯しておけ。守りたいものがあるのなら」
「……かつてはそんなものもあった気がする」
それがあなたの心だと言ったなら、どんな表情をするのだろうか。同じ制服に身を包んでいたあの頃のような隙を私に見せてくれるだろうか。
コーヒー一杯分の短な時間。それが終われば彼は発つ。生きる道を行くために。
「また来る」
「客はいつでも大歓迎」
背中へにこやかに手を振って、私は何も知らんぷり。近頃の災害や事件に隠されたマグルの認知しない世界の変化なんて、知らんぷり。恐らくその中心部に彼がいるであろうことも、何か大きいものを背負っているような気がすることも、私は知らないままでい続ける。それが、
私の生きる道。
Special Thanks
イザベラ様
(2019.11.5)