敢えて言おう。
私は学生時代、リリーのことが好きだった。彼女はハッフルパフを体現したような人で、誰もが――リリー一筋のジェームズと友情第一のシリウスは除外するとして――彼女に惹かれていた。そんな彼女に恋愛相談をされる日が来るなんて、年月の経過を感じてしまう。
「リーマス?ねぇ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。同じ事を100回ほどね」
「もう!あなただけが頼りなんだから!」
「私がその手のエキスパートなら、いつまでも侘しい独り身でいるのはどうしてだい?」
室内灯に照らして飾り気のない薬指に継ぎ接ぎだらけのローブも見せつける。困ったように笑いながらも、彼女に頼られている高揚感が私を悪い気分にはさせてくれなかった。
「それはリーマス自身が結婚を選ぼうとしないからでしょ」
遠慮のない意見がドキリと刺さる。今度は本当に困って笑みが浮かび、痒くもない頬を掻いた。
「でも今は私の話に戻してもいい?」
「有難い申し出だよ」
「スネイプとお近づきになるにはどうすれば良いと思う?」
何度聞いても聞き間違いかと思う名前がまた飛び出した。今は同じ騎士団として活動しているものの、セブルスを魅力的な人物だと評するのは彼女以外にいない。打ち明けられたときには「私じゃダメかい?」なんて用意していた冗談を言い忘れてしまうほどの衝撃だった。
「まずは話す機会を作らないとね」
「会議以外の時間、彼は本部にいないのに?」
「定番なのは夕食のお誘いだと思うよ」
「モリーはいつも断られてる」
「それは場所とメンバーが最悪だからだ。君と二人きりならば可能性はグンと上がる」
「下がるんじゃなくて?」
「ゼロ以下になることはないよ」
「わぁお、ありがとうリーマス。成功する気がしてきた」
お手本のような棒読みで、彼女はソファに背をつけた。元は上等だったであろう擦り切れた皮にふわりと彼女の髪が広がる。
「そろそろその会議の時間だ。一階へ下りないと」
「何か吉報でもあれば良いけど……」
会議は滞りなく終わった。いつもと変わらない暗い報告会。ため息を隠せない者もいる。けれど凶報がなかったのを吉報であると言わざるを得ないのが現状。
セブルスが立ち上がっても今日はモリーですら声をかけなかった。隣では会議の暗さに呑み込まれ、リリーが唇を噛む。私は部屋を出る寸前の黒いローブへ視線をやりながら、彼女の膝をつついてやった。
「あっ!」
「どうしたの、リリー?」
「いや、えっと、今日のモリーの手料理は何だろうなって!」
「なら夕食ね。食べて行く人は?」
リリーとモリーのやり取りにどっと空気が和らいだ。どうやらみんなが参加するらしく、ガヤガヤとテーブルのセッティングが始まる。気づけば隣にリリーの姿はなかった。
「あら、リリーは?」
「上かな。私が見てくるよ」
「ありがとう、リーマス」
モリーへ軽く手を上げて、玄関へ続く廊下の扉を開く。その先には少し前に出たはずのセブルスがいた。私を見てあからさまに嫌そうな顔をする彼は、実際私とは関わりたくもないに違いない。
「あれ?帰ったんじゃなかったのかい?」
「君には関係ない」
「リリーを見なかった?」
彼の視線が階段へ向いた。
「モリーがパイを焼いてくれたんだ。リリーの好物でね。冷めないうちに味わわないと勿体ない。君もどうだい?」
「我々の分は不要だと伝えておけ」
なるほど。我々、ね。
心得たとばかりに微笑めば、彼の眉間がますます深く刻まれた。それでも1メートルと離れていない玄関扉は閉ざされたまま。
会話もなくここに残るのも不自然かと三歩引き返したところで、バタバタと上階から慌てた足音が届く。顔を上げれば階段を駆け下りてくるリリーと目が合った。一直線にセブルスの元へ行くかと思った彼女は何故か私の元へと立ち寄って、引き直された赤い唇をこちらへ寄せる。
「足止めしててくれてありがとう、リーマス」
「それは違う」と答えさせてもくれずに、リリーは耳打ちを残してセブルスより先に玄関扉へ手をかけた。軽く結われた髪が外へと消えて、セブルスも吸い寄せられるように扉から出る。閉まる直前、彼の黒い目が鋭く私を捉えていた。威嚇されたのかもしれないし、彼は元来ああいう目付きだったかもしれない。
ともあれ、第三者の私から見れば、
彼女の青春はまだ終わっていない。
Special Thanks
you
(2018.11.27)