セブが専業主夫になって


セブが専業主夫になって

数ヵ月が経った。ナギニに噛まれた後遺症もなく、勲章のように飾られた傷跡を残しただけ。


「ただいま、セブ」

「おかえり、リリー。マントを預かろう」

「ありがとう」


何がそうさせたのか、すっかり家仕事に執心している彼は、少し面白いと思う。いかに上手く私をもてなすかのゲームをしているようでもあり、ありもしない罪の埋め合わせのようでもある。しばらくはそんな逃避めいたおままごとに付き合おうと意識もしていたが、近頃ではすっかり日常と化してしまった。慣れとは恐ろしい。


「すぐに夕食で構わないだろう?」

「うん。今日は何?」

「ビーフシチューだ」

「豆たっぷりの?」

「ああ。君が唯一旨いと言ったからな。これからは三日に一度作ることにした」

「大歓迎!」

「冗談に決まっているだろう。喜ぶな」

「冗談に決まってるでしょ。拗ねないで」


クスクスと広がる温かな空気に身を委ね、食卓を二人で囲む。四人掛けのテーブルに並んで座るのが私たちのお決まりだった。そして煮込まれていたそのままの大鍋でテーブルへと乗る光景も見慣れたもの。数え切れないほど刻んできたフグの目玉を牛肉へ変え、煮込んだドラゴンの血液は香しいシチューのものに、柄杓はおたまで盛り付ける先は広口瓶ではなく真っ白な陶器の器。


「味は?」

「美味しい!」

「当然だな」


そう言いながらもどこか安心した表情でセブが笑った。

お互いの1日を交換し合い、休日の予定を話し合う。特別じゃない毎日が、特別じゃないことを噛みしめた。

途中から一点へ集中し出した彼の視線に音を上げて、チラリと横目で彼を見やる。美味しいビーフシチューへ添えられたスプーンは何も掬えず動きを止めて、残り僅かな中に沈められたまま。黒い瞳が細く柔らかく変わる様を眺め、私は大きく息を吐き出した。


「食事は口でして、セブ。目で私を食べようとしないで」

「どの口で……」


ふっと零れる彼の笑った息遣い。伸ばされる手を黙って受け入れれば、その親指が私の口端を拭っていった。そのまま指一本分隣へ移動して、唇に指が押し付けられる。移し返された何かは牛肉の深いコクを纏って私の舌を刺激した。


「家にいることが増え人と会う機会も減ったというのに、こうして君と暮らす日々は私の世界を何倍にも広げゆく。私は自ら世界を狭め、もがいていたのだと気付かされた」

「セブは今を楽しんでる?」

「ああ。だがその一言では到底足りん。この感情を表現するにはまだまだ私の世界は狭すぎる」


自分がどんな表情をしているのか想像もつかなくて、逸らした先のグラスを見つめた。深く切り揃えられた爪の長くかさついた指がグラスを持ち上げ、私の視線もろとも彼へと寄せる。


「リリー、君にはもうしばらく私の隣にいてもらわねばな」

「もうしばらく、ね」

「もうしばらく、だ。別に構わんだろう?」


クスクスと広がる温かな食卓を二人で囲む。もうしばらくは続くこの幸せにグラスを掲げ、カツンと澄んだ音を響かせた。


「OK」

原文 ok!
Special Thanks
you
(2019.10.8)


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