「大掃除
をしましょう!」
そう言い出したのはリリーだった。大掃除に適したタイミングがあるならば、生徒の消えたこの長期休暇中がまさにそうだろう。日頃から助手として痒いところに手の届く彼女の提案に二つ返事をしてしまって、私は頭を抱えた。
「まさかとは思うが、それに私も参加しろと?」
「もちろんです!地下のすべてはスネイプ教授の管理下でしょう?必要なものを捨ててしまってはいけませんからね」
「その判断を誤る助手なら必要ない」
さてどう出るか、とリリーを見下ろす。彼女は目を伏せ思案する間を見せてから、よく動く瞳を数度の瞬きで輝かせた。その唇から音が発せられる前に私は敗北を感じ取る。
「白状します。私があなたと一緒にいたいだけ」
「……一室だけだ」
「ならあなたの研究室を」
彼女が迷いなく選択した部屋は最も時間がかかるに違いない場所だった。
「ざっと見たところ必要なものばかりですけど、折角ですし思い切って捨てましょう!買い替えて経済を回すことも大切ですよ!」
「確か買い揃えるのは助手の仕事だったな。ならば君の提案に乗るとしよう」
ニヤリと笑ってやれば、リリーは余計な仕事を増やしてしまった自分に顔をしかめていた。片方の持ち手が取れた大鍋や底の薄くなりすぎた大鍋を選び取り、そばのテーブルへと積み上げる。数歩離れた場所では彼女が杖を振り上げ棚からガラス瓶を移動させていた。
「あっこんなところにネズミの尻尾!暴れながら調合したとしか思えませんね」
「馬鹿を言うな。罰則の生徒が何かしたに決まっている」
「アクシ――」
「エバネスコ(消えよ)。――干からびた尻尾に用はない」
埃を消して、ガラス瓶を磨き、天井のフジツボまで削ぎ落とす。手先に負けじと動く彼女の口は退屈な作業を誤魔化すことに長けていた。
「この広口瓶は?」
「要る」
「この焦げた羊皮紙のメモは?」
「要る」
「この刃先の折れた小刀は?」
「要る」
「私のことは?」
「…………」
「ここは『要る』って答えるところですよ!」
不貞腐れた次の瞬間には彼女は笑い声を上げる。てっきりここに並ぶ無機質なものたちと同じ物差しで測られるのは嫌うと思っていたが、どうやらそうではないらしい。寧ろ避けているのは私の方で、彼女自身を基準に据えるなら、大掃除は容易く終わる。
「その様な流れ作業めいた言葉で君が満足できるとは思えん」
「それはまぁ――あれ?ここに置いた小刀はどこですか?」
「……あれは捨てることにした」
暴れ出た感情が道連れにした哀れな無機物へ向ける同情はない。この身に起きた子供宛らの魔力のコントロール不良に呆れた息をつき、棚の奥で眠っていた羽根ペンを彼女へ投げ渡す。ローブで汚れを拭いペン先の書き味を試す彼女へ出たのは、先程とは大きく違う呆れた息だった。
私にとって「要る」ものは、この手に留めておきたいものは、ただひとつ。リリー一人だけを残し、
この世の全てを断捨離してしまいたい。
Special Thanks
you
(2019.9.29)