「ねー!聞いてる!?」
「この距離でそれだけ喚かれれば聞かずにいる方が難しい」
女が男から重い本を取り上げて、そばの小さなテーブルへと積み重ねる。数日掛けて乱雑に何冊も重ねられたその頂点へと肘を置き、女は尚も男へと詰め寄った。
「返事はイエスかノーで済むのに、どうして焦らすの?」
「馬鹿にされているとしか思えんからだ」
「昔はあんなに可愛くて素直だったのに」
女の言葉にセブルスの視線は玄関扉へと流れた。その向こうで初めて出会った日を思い出す。
「君は外の不変さに対して内が変わりすぎてやしないか?」
女の髪は長く、受ける光すべてを美しく反射して黄金色に輝いていた。パチパチと見え隠れする瞳は青く、十数年時が経とうと肌は瑞々しさを失うことがない。
「私は見せるものを変えただけ。それだけ親密になったという証ね」
「リリー」
頬へ伸ばそうとした手を制されて、リリーは力なく腕を下げた。数歩下がった場所の肘掛け椅子へドカリと尊大に座ると、打って変わって膝を抱える。カリカリとヒールを椅子の縁へ引っ掻ける彼女の様子にセブルスはため息を隠すことなく溢した。
「あなたもついに大出世」
「ホグワーツの校長だからな」
「明日にはここも発ってしまう」
「だからどうした?何も変わらん。変える必要もない。前回闇の勢力が増していたときに焦って結婚し子も成した人間を知っているが、彼らは束の間の平和が戻る前にこの世から消えてしまった」
「今日はうんとお喋りね。いつもはもっと上手く隠すクセに」
「……どうせ追いかけて来るのだろう?コウモリとなって紛れ込むのは君の得意分野だ」
「それは行っても良いってこと?それがあなたの返事?」
「君の協力が得られる限り、餌の役割くらいはしてやる」
「そんな、血なんて関係なく協力するわ!当然でしょう?だって――」
「君が何十年、或いはもっと長い人生の中で、それを生きる術として身に付けたのかもしれんが、私には不要だ。愛だ永遠だと無理に匂わせることはない」
セブルスがリリーの台詞を呑み込んで、会話が途切れる。下唇を噛む彼女の表情を見つめる顔もまた、そうしたい表情をしていた。彼は薄い唇を真横に引き結び、これ以外何一つすぐそばの存在へ届くことのないようにと奥歯を噛み締める。
「素直さは過去に置いてきぼり?」
「存外、私はロマンチストなのかもしれん。どこぞの部屋に並ぶ歴代の肖像画のように、君の数ある相手の一人になる気はない」
ふっ、とセブルスが自嘲で嗤った。
カツン、とリリーは床でヒールを鳴らす。
「なら良いことを教えてあげる。その耳かっぽじって聞くことね」
「……何だ?」
おもむろに立ち上がる彼女の姿を瞬きも惜しんで漆黒の瞳が追いかける。彼の一人掛けソファへ片膝で乗り上げるとその距離は今日一番に近付いて、派手な見た目からは離れた質素な指先が彼の胸へと突き立てられる。
「私だって、
人生最初で最後のプロポーズなんですけど!」
Special Thanks
you
(2019.9.24)