自信がなかった


自信がなかった。

このリリーへの揺るぎない思いが、私をどこまでも導き続けてくれるのか。

自信があった。

あの日、私の手を取り引き上げてくれたリリーとの記憶があれば、私は歩き続けることができると。






『君、スネイプでしょ?こっちおいでよ。上はそこよりも居心地がいいんだ』

『いや、僕は――』

『独り占めは勿体ないからね。風が気持ちいいよ!』


リリーは自然を体現したような、雄大で自由な人間だった。木漏れ日が彼女へ幾筋も降り注ぎ、影となったその顔には屈託のない笑みが浮かぶ。

樫のV字の枝へ足を置き身を乗り出すその手を取ったのは、ちやほやされて育ったに違いない人気者気取りの嫌な男の声が聞こえたため。

彼女の手はかさついていて、日頃何をしているのか豆だらけだった。


『あ、高いところは平気?』

『愚問だな。飛行訓練は共に受けているはずだが』

『それもそうだ!』


肩を揺らして笑う彼女にやれやれと息をはく。


『おすすめはこの上の枝だよ』


幹から垂直に伸びる太い枝を指して、彼女自身は地面へと下り立った。頭頂部をいくらも眺めないうちに彼女がこちらを向いて、別れを告げる手振りで微笑む。


『マクゴナガル先生に呼ばれてるの。その場所は貸してあげる』

『ここは誰の占有物でもないだろう』

『それもそうだ!』




湖の畔にある樫の枝、

東塔5階にあるタペストリー裏の小部屋、

温室と校舎に挟まれた古びたベンチ。

リリーは居心地のいい場所をいくつも知っていた。




『もしセブルスが私を必要としてくれるなら、いつだって、どこへだって、駆けつけるよ』


学生生活最後のホグワーツ特急。キングズクロス駅のホームでリリーに引き止められた。トランクを掴む手へと彼女が触れて、振りほどくこともできずにその瞳を見つめ返す。


『また君は調子の良いことを言う。現実的に不可能な約束はするな。……それに、そんな日は来ない』

『うん、来ない方がいいね』


一旦は引かれた手が今度は差し出され、何度か躊躇ったあとで握り返す。グッと強く手を包んだ彼女のその感触は、しばらく消えずに尾を引いた。

相変わらず、何をしているのやら荒れた手だった。






『君に何を頼まねばならぬのか――』


ホグワーツ城の玄関扉が見え、過去の追想が現在へと塗り変わる。ダンブルドアの言葉がガツンと心へ鉄槌を振り下ろした。

これが任務だと命じるのなら。

代わりのない役目だと言うのなら。

伸ばした手にはあの日とは違う樫が触れた。ゆっくりと巨大な扉が隙間を開けて、夜の空気を引き入れる。湿った青葉を嗅ぎ分けるだけの余裕がある自分に驚いて、細く長い息を吐き出した。

一歩踏み出したその瞬間から広大な夜空が私を迎える。そこに浮かぶ無数の星がすべて私を見ているような気がした。瞬きをして、或いはそれすらもせず、再び闇へと投じるこの身を追う。そして行く末を囁き合って嗤うのだろう。

スッと流れた星が彼方へ消えた。

その終着でまた囁いて、私を笑い者にすればいい。そうして愚行を世界に広め、いつかこの同じ空の下にいる

君が、僕を見つけてくれることを願う。

Special Thanks
you
(2019.9.18)


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