彼女に愛を告げるつもりなどなかったのに……。
いざ命の期限が目に見えてしまうと、この世に傷跡のような、何か自分の痕跡を残したくなるものなのかも知れない。そんなくだらない足掻きを私もすることになろうとは。
リリーの気持ちを聞くつもりなど毛頭なく、告げて早々立ち去った。
それからの数時間は瞬きの一瞬一瞬の間にも状況が変わる混乱っぷり。すべての厄介事が一度に押し寄せて、そのどれもに完璧な対処を強いられる。
やっと立ち止まることができたときには、私の身体は廃墟の床へ崩れ落ちていた。
あの赤い目と迫る大蛇を私は一生忘れることができない。言い替えれば、私はあの光景をいつでも思い出すことができる。それは生きている者に許された行為。
私は何故、生き延びてしまったのか。
癒者は調子の良い言葉ばかりを並べ立て、私の目覚めをまるで祝い事のように告げた。他から隔離された一人きりの病室で、癒えていく身体をただ享受させられる。無理矢理に身体を起こして眺める一人きりの病室の、なんと虚しいことか。
バタバタと、俄に廊下が騒がしくなった。
急患でも入ったかとその音を追っていると、それは私の病室で立ち止まる。
「セブルス!」
「リリー……」
駆け込んできたその姿に全身の血液が騒ぎ出す。鎮まり何処かへ失えてしまったはずの何かがざわざわと心で活発さを増していった。
ベッドサイドへ駆けてきた彼女が手を振りかぶる。
パンッと乾いた音と共に左頬へ鈍い痛みが走った。
「馬鹿!」
彼女の体温に包まれる。その肩越しに見た入り口には見知った顔がいくつも集まっていた。
「私の返事を聞く前に死ぬなんて許さない」
震える彼女の声に経験したことのない感情がわき上がる。深く息を吸い込んで、私まで震えやしないかと慎重に喉を使う。
「なら今――」
「お断りします。やっと素直になったかと思えば言い逃げるような人は、明日も、1年後も、10年経っても、私の隣で返事を待ち続ければいいのよ」
一層密着したその身体から伝わる熱に、胸の奥に眠らせていたはずのものが溶け出した。
『明日も、1年後も、10年経っても』
彼女の隣で、
私はまだ、生きていても良いのか。
Special Thanks
you
(2019.9.14)