好きだなんて言ってないけど、
私はたぶんスネイプ先生と付き合っている。一緒にいる時間が増えて、理由もなくそばにいて、触れ合う指先をそのままに隣同士で本を読む。
始まりというのはそういうものらしい。ルームメートのあの子も、卒業したあの人も、こんな感じだったと言っていた。恋人への境界線なんてなくて、時間がいつの間にか重なっているのだと。
好きだなんて言われてないけど、
先生はたぶん私を生徒以上の相手として見てくれている。でなければ部屋はすぐに追い出されるだろうし、うたた寝する顔なんて見せてくれないに違いない。だって相手はあの嫌われ者代表のような堅物で陰湿な教師なのだから。
秋口の地下は心地好い。どこかゆったりと流れる時間がここには満ちている。私は夏の思い出を語りながら、ソファでスネイプ先生の淹れてくれた紅茶を楽しんでいた。その先生は事務机で羊皮紙とにらめっこ。それでも私を引き止めるように継ぎ足される紅茶や完璧な相槌に、ついつい居座り続けてしまう。
「新学年が始まって、卒業までとうとう1年を切っちゃいました」
「……君はまだ卒業していなかったか」
向かいの空のソファへ溢した思いも、離れた事務机から掬われる。ふと視線を感じて顔を向ければ、先生は手を止めてこちらをじっと見つめていた。その真っ暗な瞳からは何も読み取れなくて、ちょっとした切なさと悔しさを笑顔で誤魔化す。
「きっとあっという間ですね」
「いや、長い」
「長い、ですか?歳を重ねる毎に1年は短く感じると聞いたことがありますよ。私の1年は人生の17分の1ですが、先生の場合はもっと分母が大きくなるから、そう感じるのだと」
「待つ時間は往々にして長くなるものだ」
「それって――」
「そろそろ寮へ戻れ。ここは生徒の入り浸る場所ではない」
「先生がそう仰るのなら」
言葉に蓋をされ、ティーカップの中身を覗く。底に現れた三日月へは紅茶の味と香りだけを思い出すことにして、口実として持ち込んだだけの参考書を腕に抱えた。
おもむろに立ち上がった先生が、私の後ろで立ち止まる。そして肩へ手が触れた。たった数本の指先。それだけで、私は立てずに抱えた本を強く抱きしめる。
「そして早く卒業しろ。そうすれば、私は……」
続きを催促しようと先生を見上げた。けれどふいと逸らされて、視線はかち合うことなくすれ違う。それでも肩に添えられた手だけはそのままで、指先だけを先生に重ねた。
「用があるときのみここへ来るように」
スルリと手を抜いて、先生が別れの扉を開く。畏まった声に合わせた固い表情にむずむずと笑いが込み上げた。開かない参考書を片手にもうずっとここを訪ね続けているというのに。ふっと洩れてしまった笑い声に先生の眉がピクリと跳ねる。
「今更すぎませんか?」
Special Thanks
ティア様
(2019.9.13)