当選しました!


『当選しました!』


羽の生えた小人がラッパ水仙を吹き鳴らし、ドラム代わりに蓮の葉を連打する。妖精はくるくるとバレリーナのように回り、あらゆる魔法的な生き物がそれに合わせてタップを踏んだ。一面の花畑には花以外何もなく、遥か彼方の水平線まで色とりどりの花で埋め尽くされている。


『行ってらっしゃい!』


小人が言った。先ほどまで吹いていた水仙を花畑へ投げ込むと、それは花弁を模した巨大なティーカップへと変わる。自分の取るべき行動が定められずどこにも一歩を踏み出せずにいると、小人がグッと私を押した。グイグイ、グイグイとティーカップへと追いやられる。そしてとうとう私はティーカップへと乗り込んだ。

ゆっくり、ゆっくり、ティーカップが回り始める。なんだか懐かしい空気が頬を掠めていった。

スイスイ、スイスイ、ティーカップはスピードを上げる。思い出深い彼とすれ違ったような気がした。

グルグル、グルグル、ティーカップの縁へへばりついて私はなんとか飛び出してしまいそうな身体に力を入れる。心に重く不安や絶望がのし掛かってきた。

しかし――。


「あっ!!!」


ガクンと身体が波打った。反射的に閉じた目を恐る恐る開けてみる。

そこは四人用のコンパートメントだった。

9月1日のホグワーツ特急。窓の外は既に薄暗く、景色は流れを止めている。丸顔の男の子がビックリした表情で私を見つめ、目を開けたときの私以上に恐る恐るといった様子で口を開く。


「き、君がなかなか起きなくて、二人は先に行っちゃったんだ。僕たちも早く行かないと組分けに遅れちゃう!新学期最初の減点される生徒になんてなったら、おばあちゃんになんて言われるか……」

「私たちの寮はまだ決まってないよ、ネビル」




私たち新入生はぞろぞろと見世物のように大広間を横切って、職員テーブル前に置かれた丸椅子に乗るボロ帽子のそばへと集合する。

一番目の子が名前を呼ばれて帽子を被った。

赤、黄、青、緑。私はそれぞれに色分けされたテーブルを見回して、最後にこれから世話になるであろう先生へと視線を向ける。

ホグワーツ特急から私たちを案内してくれた一際大きい体格の人、爆発したような頭にちんちくりんな眼鏡の女の人、私よりも小さな男の人、校長先生、空席は名簿を読み上げる厳しそうな女の人の場所で、ターバンを巻いた比較的若い男の人。

そしてその隣は黒髪に鉤鼻をぶら下げた不機嫌顔の男の人。


「セブ……?」


よく馴染んだ妙な感覚のする名前が口をついて出た。初めて会ったに違いないのに、私は彼を知っている。

間を空けず拍手が沸き起こった。おかげで声は誰にも聞かれずに済んだ。そう思ったのに、その名を持つ彼だけが私を見つめる。その黒い瞳の中に流れる映像を見るように、私に覚えのない記憶が雪崩れ込んできた。

セブルス・スネイプ。同じスリザリンでずっと仲良しだった、セブ。魔法薬も、闇の魔術も、失敗を繰り返しながら共に励み成長していった、セブ。卒業後も私は彼を追いかけて、いつしか友人以上を夢見るようになって、けれど私は先に逝ってしまった。


「エバンズ、リリー!」


私は隣の女の子に肩を叩かれ、大広間中の注目を浴びに前へ出た。そして生まれて初めて、しかし二度目の組分け帽子を被る。


「グリフィンドーール!」


一番左端の赤いテーブルから歓声が沸き起こった。私は大広間の中心にいることも忘れて職員テーブルを振り返る。そこには両眉を上げながら薄く口を開けて固まるセブがいた。






『当選しました!』


あの日見た夢は夢ではなかったのかもしれない。私の知らない場所に存在するもうひとつの世界で、マグルやゴーストのような身近な世界の一つ。

ハリー・ポッター、生き残った男の子。私は彼のクラスメートとして生まれ変わる権利が当たった。もう一度、人生を始める権利を得た。もう一度、セブのそばにいる権利を。


「未だに信じられない」

「それはこちらの台詞だ。教師の私室へ乗り込んで優雅に紅茶を飲む生徒など」

「私にとってあなたはスネイプ教授である前にセブだから。友達の部屋へ遊びに行くのはよくあることでしょ」

「私には君の部屋に招かれた記憶などないがな」

「女子寮に興味津々なんて、セブも男の子だね」

「やめろ、気色の悪い」


長く生きて身に付けてしまった仮面の奥に、昔のセブらしさが覗く。それは落ち着きのない指先だったり、そっぽを向いたあとに寄越す視線だったり、気にしていない風の装いに乗る拗ねた声色だったり。変わった部分もたくさんあるけど、私の彼への気持ちは変わらなかった。


「仕事は終わった?セブの分も紅茶を淹れようか?」

「まだいい。君はレポートを終わらせているんだろうな、リリー?」

「うげー。全部2回目だよ?やる気なんて湧いてこない!」

「毎年毎年それを授業する側の身にもなってみろ」

「同情した」

「ならばせめて出来の良いレポートで私を感心させてくれ」

「はい、先生!」




『リリー』


優しい女性の声で目が覚めた。見回した周囲は一面の花畑。覚えのある光景に、これは夢か別の世界での記憶だと気付く。


『セブをよろしくね』

「どうしてあなたが頼むの、エバンズ?セブを見捨てておいて、よくそんなことが言えるね」


突風が花畑を掠めていく。声は私が名付けた形をとって、百合の花へと舞い降りた。


『彼の親友として、手を離してしまった罪悪感で、ハリーを見守ってくれる恩に。理由は何だって当て嵌めてくれて構わないわ』

「……セブは私よりもあなたに生まれ変わってほしかった」

『そうしたらきっとジェームズも根性で生まれ変わって、話がややこしくなったでしょうね』


腰へ手を当て、ふぅ、と息を吐き出す彼女に、不覚にも私は笑ってしまった。あのポッターならば本当にやってのけてしまいそうだった。


「セブを選ばなかった理由は?」

『彼に必要なのは私ではないと思ったから』

「あなたに必要だったのは?」

『さぁ、分からない。けれどジェームズを選んだことに後悔はないわ』


力強く頷いた彼女に、私からは何故か安堵が零れた。


『そろそろお別れね。セブがうたた寝してるあなたを起こそうとしてる。その瞳の優しさをあなたにも見せてあげれば良いのに』


パンッと彼女が手を叩いた。そしてゆっくり、ゆっくりと世界が回り始める。徐々にスピードを上げる回転に足元がふらつき、尻餅をついた。まるでトロールが転けたかのように衝撃で黄色い花弁が舞い上がる。それはふわりと溶けてセブの姿を映し出した。私の散らかしたティーセットを片付けて、いつの間にかかけられていたブランケットを奪い去り、ため息をつく横顔はどこか――。


「ねぇ、リリー――」


彼女の笑顔は羨むほどに美しかった。


『お幸せに』

Special Thanks
月猫様
(2019.8.14)


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