まずい


まずい。

スネイプは何度も瞬きをして、クラクラと落ち着きをなくしそうな状況に心を順応させる。その瞬きの間にも地面が遥か下へと離れ、とうとう天文台塔よりも上へと来てしまった。

やはり止めておけば良かったのだ。少々強引なエバンズの誘いとは言え、断る手段はいくらでもあった。夏の盛りに自ら日差しへ近付こうとする愚行に付き合うとは、私も暑さに頭をやられていたに違いない。更には、その手段がヒッポグリフだなどと、全く以て馬鹿げている。


「スネイプ教授!どこか行きたい場所はありますか?」


前に跨がるエバンズが声を張り上げた。その手にはしっかりと手綱を握り、ヒッポグリフをホグワーツ城の上空で旋回させている。


「地下」

「何ですか?」

「地下だ!今すぐに!」

「教授も冗談を仰るんですね!」


ケタケタと彼女が大口を開けて笑った。虫の一匹や二匹、飛び込んでしまえばいいのにと思わずにはいられなかったが、手元が狂ってしまえば私までもが巻き添えを食らう。これ見よがしなため息ひとつですべてを呑み込むことにした。


「湖へ行きますね!」

「あまり城から離れると――」

「ほら、教授!しっかり掴まっててください!」


エバンズが私の左手を掴み引き寄せた。控えめに彼女のローブを握っていただけの手が、その細い腰へと回される。つられて上半身が密着するほどになり、私と彼女、どちらのものか分からない髪が視界を疎らに塞いだ。


「離せ!」


不安定な体勢で遠慮がちに左手を引く。しかし彼女は嘲笑うかのように一層強く手を握り込んだ。自らの腹部へ押さえつけるようなその動作に、自分のものとは違うその感触に、冷えきっていたはずの心臓が強く打つ。


「教授を落としたくないんです!」

「落ちたところでどうとでもできる!馬鹿にするな!」

「私が嫌なんです!大人しく抱きついていてください!」


そんな頼み事があってたまるか!

しかしガクンと上下に揺れて、思わず彼女にしがみつく。密着した身体を伝って彼女の忍び笑いが届いた。合わせるように共犯者であるヒッポグリフの鳴き声が湖面に反射する。


「ほぉら、危ないですよ!」

「エバンズ……!」


振り返った彼女の横顔がやけに眩しく感じたのは、太陽と湖面の悪戯に違いない。


「来て良かったでしょう?」

「そうだな」


頭を介さず心がそのまま口から飛び出した。満足げに頬を緩ませた彼女は何事もなかったように前を向く。その背にこっそりと熱の籠るため息を吐き出した。

相変わらず太陽は焼けるように照りつけ、不安定な乗り心地は酔いかねず、湖面ギリギリを狙ったであろう滑空は私の靴先を擦って水が跳ねた。一体何が『来て良かった』のやら。

自分から飛び出した心に、

スネイプは頭を抱えた。
Special Thanks
r.a様
(2019.8.9)


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