ずっと花を贈っていた。
始まりは、エバンズと再会したその夜。花は決まって一輪だけ。そして一言だけのメッセージカードも添える。それはまだ生徒だった頃の彼女が私へしていたことの真似事だった。
彼女から反応がなくとも、私は花を贈り続けた。
ホグワーツの温室で真っ先に咲いた花を、一際目を引いた花を、森で自生する逞しい花を。時には温室の片隅に種を植えることもあった。
慣れなかったはずの行動はいつしか身体に馴染み、スプラウトから花の話まで聞く始末。
エバンズから反応があってからも、私は花を贈り続けた。
毎回変えるメッセージを考えることが苦ではなく、彼女からの返事を思えば、その候補はいくつも思い浮かんだ。
『もう一度ホグワーツに通いたい』
『通えはしないが、顔を出す卒業生はいる』
『私も行って良いですか?』
『私は地下にいる』
城中が気の抜けた空気に包まれる日曜日。予定より少し遅れて私室の扉にノックが三つ。わざわざ扉まで歩いて開けてやれば、訪問者よりも先に花が目に飛び込んできた。
「遅れてすみません」
「随分と遠い寄り道をしたようだな」
「手ぶらで伺うのは失礼かと思いまして」
「時間にだらしのないことよりもか?」
「それは……時計がいつの間にか止まっていたんです」
「使い古された言い訳だ」
エバンズが恐らく無意識に触れた手首には、時計は巻かれていなかった。くだらない理由の嘘をつくような人間ではないと分かりつつ、そうと言えない自分に嗤う。
入り口で未だ敷居も跨がず立ち尽くす彼女に痺れを切らし、顎先だけでソファを示した。遠慮がちに進むその手からは花束を掠め取る。纏まりのない、一本一本が異なる花の束。どれも覚えのあるものばかりだった。
「私に花の手土産など、君以外にいないだろうな」
「カノコソウ、ラベンダー、満月草あたりはお似合いですよ」
「ちょうどいい。帰る前に薬草の摘み取りを手伝え。ついでに適当に花でも持って帰ればいい」
赤く色付けられた彼女の唇がニッと横へ引き伸ばされる。嫌な予感に身を引けば、事務机がそれを阻んだ。彼女は隠し持っていた俊敏さでこちらとの距離を詰め――
私の持つ花束の香りを吸い込んだ。
「先生のおすすめは?」
「……薔薇の一輪くらいなら頃合いのがあるだろう」
「なら報酬に薔薇をいただくことにします」
また君に花を贈る。
Special Thanks
you
(2019.8.7)