金色の長い髪を塔の上から


金色の長い髪を塔の上から

垂らして素敵な人を釣り上げた女性がいたような。彼女はその運命の人と結ばれめでたしめでたしなわけだが、私の現状はめでたしとは程遠い。

ぎゃー!と心底の悲鳴を上げても呑気に小鳥が羽ばたくばかり。一人で決行した何度目かのイギリス旅行でふらりと散策したのが運のつき。私は迷い込んだ廃墟に惹かれ、ほいほいと塔へ登ってしまった。

いや、登ったところまでは良かった。


「待って待って止まって!何これ、私が怖い!」


塔の天辺から外を覗いてそばの林や遠くの街を堪能したその数秒後。私の髪がズルズル、ズルズル、と伸び始めた。呪いの日本人形なんてどころではない。瞬きの間にも髪は伸び、こうしている間にも伸び、巻き取っても伸びる早さには勝てず、とうとう地面へと毛先が到着した。


「ハサミ、ハサミ、えっハサミ?電話?救急車?どう、どうしよう!待って、落ち着いて、リリー。落ち着くの。ただ髪が伸びてるだけじゃない。これは生きていれば大抵の人に起こる現象だから大丈夫。――大丈夫?どこが!」


文字通り頭を抱え、わさっと伸びる髪に絶望し、身を乗り出してもう一度地面を確認する。そこでは紛れもない私の髪がとぐろを巻いたり右れ左へ自由気ままに地面へついて小さな黒い沼を形成していた。


「神様、仏様、どなた様でもいいので助けてください!」


その瞬間、そばの林から光が走った。稲妻のように、けれど地面とは水平方向で素早く草むらを駆けた光は、地面近くの髪へ直撃する。バチン、と電気のショートしたような音が弾けた。


「髪!」


燃えてしまう!そう直感して確認すると、私の髪は煙をあげることなくそこに留まっていた。


「良かった……」


そして違和感に気付く。


「髪、止まってる……!やったー!」


とは言え問題は山積みだ。髪は切らなければ動けそうにないし、できることなら処分もしたい。

いや、それよりも。

私は光の現れた場所へ目を凝らした。ゆらり、と黒い影が動く。反射的に塔へ身を隠したものの、私の頭皮から外壁に沿って上から下まで一直線に垂れた髪を隠せるはずがなかった。


「痛っ」


髪をツンツンと引かれた。肩を叩くようなその仕草に誘われ、私は顔を覗かせる。

そこには黒い服の男が立っていた。遠慮なく踏んだ私の髪の中央へ立ち、こちらをじっと見上げてくる。その姿はさながら洞窟に逆さ吊りになった蝙蝠だ。


「あ、あの!」

「そこにいろ」


よく通る低い声だった。


「止めて!登らないで!」


金色の髪の乙女の話を思い出し咄嗟にそう叫ぶ。男は数秒考え込む間を見せて、再度私の髪へ手を伸ばした。


「無理です!無理無理!」


男の顔もよく分からないこの高さで、彼に嗤われたような気がした。彼は髪へ伸ばしていた手を腰へ当て、威圧的な声を出す。


「何故わざわざ髪を使って登らねばならんのだ、馬鹿者!無事に帰りたければ大人しくそこで待っていろ」


私は何度も頷いて、見知らぬ救世主の到着を待った。

少し間を空けて――もちろん私も使った階段で――塔を上がってきた彼は眉間へこれでもかとシワを寄せていた。釣られて目は鷹のように鋭く、薄い唇はへの字に曲げられている。大きく高い鉤鼻を膨らませ、彼は盛大なため息をついた。


「一体、何をした?」

「私は何も!あぁでも勝手にここへ入ってしまったのはごめんなさい!塔からの景色を見てみたくなって……」


チラリと見た外は初めて見たときと変わらない雄大で透き通った素晴らしいものだった。空は濃い青で、ぷかりと浮かぶ大きな雲。小さな尖った葉の多い林は時折風に揺れて歌っている。

遠くから一羽、鳥が飛んできた。それが茶色のふくろうだと分かる距離になっても、ふくろうは方向を変えようとしない。

男が一歩踏み出し、腕を出した。手慣れたようにふくろうがそこへ着地して、咥えていた封筒を離す。こんなにもよく躾られたふくろうを見るのは初めてだった。

男の舌打ちが辺りへ響く。中を引き出し手紙を引っ張り出すと彼の機嫌は益々悪くなっていった。雷雨を呼ぶ嵐のような気配を背負い、グシャリと手紙を握り潰す。次は私がこうなるのでは、とヒッと息を呑んだ。


「無能な役人どもめ。君も来る必要がある。この手紙は誤りであると証言せねばならない」

「私も行く?証言?」

「魔法省へ、今すぐにだ。機密保持を守っていては君を救うことなどできなかった。原因は君ではなくこの場所にある。これは魔法省の怠慢だ」


彼は子供へ言い含めるような、真実を刷り込むような、口先だけの柔らかな声色を出した。


「魔法?機密?」

「マグルには理解できんことだ。説明する気はない。それにすぐ忘れることになる」

「マグル?忘れる?」

「君からの質問はすべて却下だ。先ずはこの髪を切る。元の長さは?」

「私だって当事者です。きちんと説明してもらわないと――」

「髪の、長さは?」


彼はどこから取り出したか分からないハサミを片手に、私の髪をむんずと掴んだ。そして私が何も答えないうちからジョキリと容赦なくハサミを入れる。ズルリ、とその重みに耐えかねた髪が外へと落ちていった。私から繋がる毛先が腰で揺れる。


「短く申告する分には構わん。だがたった数時間で変化が分かるくらいに伸びているのはマグルらしくない」


小首を傾げ、彼がハサミを開閉させる。その言葉の半分も理解できないのは言語の壁に躓いたからではないはずだ。私は震えそうな指先で元の髪の長さを示した。


一人旅には気を付けろ、知らない場所へ行ってはならない。どれもこれも私を縛る邪魔物だった。新たな経験、出会いの前には捨て去るべきだと。しかしそうして得たものが良いものばかりとは限らない。現に私は髪の伸びる謎の現象に遭遇し、

王子様とは程遠い、真っ黒な蝙蝠に出会った。

原文 そしたら、王子様とは程遠い、真っ黒な蝙蝠に出会いました
Special Thanks
you
(2019.7.27)


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