「大丈夫、心配しないで」
「心配などしていない」
「そうだね、セブは強すぎるから」
「強くなどない」
二人っきりの校長室。豪勢な椅子に座るスネイプの回りを動く生徒の影がひとつ。親密さを窺わせる雰囲気を醸しながらも、その空気は重く硬い。
「リリー」
「なぁに?」
「死ぬのは……どんな感じだ?」
「それは私にも分からない」
スネイプの視線の先に舞い降りたリリーがその場でクルリと回って見せる。そして両手を広げ、彼の視界いっぱいに自分を映した。
「私はゴーストを選んだんだから」
スネイプはリリーに目を止めて、半透明の身体から透ける校長室の扉を見つめた。徐に立ち上がるとそばの戸棚を開け、奥から輝く水盆を引き寄せる。
「私が真っ先に死ぬものだと思っていた。それがどうだ?ダンブルドアを殺め、今度はポッターに……」
縁のルーン文字をなぞり、スネイプはこめかみに杖先を当てた。眉間にシワを寄せながら引き出したのは銀白色の靄。それを水盆へ投げるとふわりと押し入れる。水面には今とさほど変わらない校長室で話し込むスネイプとダンブルドアが写り込んだ。
「見送ってばかりの気持ちなら、私も分かるよ。卒業するセブのことも見送った。ねぇ、この制服何代前のものだと思う?今の子のローブも着てみたい」
「絵画にでも描いてもらえばいい」
「それいい!流石、セブ!今度手配してよ」
「それができるならな」
「あなたがしてきたことをみんなが知れば――」
「手配はミネルバに頼め。彼女は話の分かる人間だ」
必死な声を遮って、突き放す台詞が響く。その瞳の決意にリリーは喉ごと胸が押し潰されるような気がした。言葉を失い、胸の前で組んだ指に力を入れる。
彼女がスネイプに背を向けると、間を埋めるように上から声が降ってきた。
「セブルス」
その緊迫した声は絵画とは思えぬ迫力。重くなりようがないと思っていた部屋の空気にズシンと巨人が鉄槌を下したようで、リリーはスネイプの座る椅子のすぐ後ろに掛かる肖像画を振り返れなかった。
「ハリーがホグズミードへ現れた。じきにこちらへ来るじゃろう」
「その理由は教えていただけないのでしょうな、校長?」
「君は君の成すべきことだけを考えてくれればよい」
カタン、と床を移動する椅子の音がリリーの耳にも届く。スネイプは旅行用マントを羽織ると颯爽と扉を開けた。反動で閉まりゆく樫の木をものともせず、リリーは後に続いていった。螺旋階段の動く間も惜しく駆け下りる足音はひとつだけ。
「どこまでついてくる気だ?」
扉を守るガーゴイルから出る一歩手前でスネイプが振り返る。ふわふわと後ろにいたリリーがその顔の近さに飛び退いて、階段に足を突き刺した。
「セブが許してくれるところまで」
「ならば、ここだ」
彼が指したのは自らの足元だった。リリーはコクリと頷いて、階段から抜いた足でその場に留まる。それを見届け、スネイプはガーゴイルへと杖を向けた。
「ホグワーツ魔法魔術学校校長セブルス・スネイプの権限をもって命じる。これより新たな合言葉は――『ダンブルドア』だ」
「ちょっと盛り上げすぎじゃない?」
「他に案があるか?」
「ううん、とっても素敵な合言葉」
背を向けたままのスネイプへ、リリーの手が伸びる。しかしその髪へ触れる前に引っ込められた。彼へ触れられない代わりに自分のローブを握りしめる。
「私がしくじったときには、あの子を頼む」
「セブはしくじらないよ」
フッ、とスネイプが息を吐く。そして飛び退いたガーゴイルの横を通り抜けた。最後まで、後ろは振り向かないまま。再会の約束もなければ、別れの挨拶もなかった。
一人残された螺旋階段で、リリーが願う。
「あなたなら大丈夫。そうでしょう、セブ?だから私はずっと、
ここで待ってる」
Special Thanks
PUNI様
(2018.11.25)