古いおまじない。
何か不可思議なものに出会ったとき、声をかけられたとき、返事の代わりにハーブを唱えれば良い。 繰り返しているうちに不可思議なものはどこかへ去っていくから。
『パセリ、セージ、ローズマリー、タイム』
そう私に教えてくれたのは、街で奇妙な縁が結んでくれた、賑やかな赤毛の双子だった。彼ら自身もそうしている、と声を揃えて言う二人に、どことなく胡散臭さを感じてしまったのは、彼らの大袈裟な身振り手振りのせいだろう。
『例えば紫のバスが高速で移動していたとき!』
『例えば庭を小人が走り回っていたとき!』
『例えば新聞の写真が動いていたとき!』
けれど二人の挙げた例を聞いて、私はハッと息を呑む。彼らも本当に、私と同じものを見ていた。
街で妙ちくりんな格好の人を見たことはないだろうか。どこかにそんな伝統を持つ国でもあるのではと思うほど、一定の確率で彼らを見かける。建物の影や、裏通りへと続く路地のすぐそばで。
そして時折、彼らはふっと行方をくらます。
それは瞬きの一瞬で、往来に気を向けた一呼吸で、ビルの窓に反射した太陽光が私目掛けて襲った刹那で。赤毛の双子とも、そうやって分かれた。まるで彼ら自身が不可思議の一部のよう。
「パセリとセージとローズマリーとタイム」
繰り返しながら、それを教えてくれた彼らとの出会いを思い出していた。この言葉に大して効果がないことくらい、夢見がちな少女ではないのだから理解している。
それでも――。
「パセリとセージとローズマリーとタイム」
ひっそりと集まる黒いマントの一団に気付いてしまえば、自然と口をついて出た。彼らは恐ろしい面を付け、三角帽のようなフードを被り、どこからともなく増えては減る。時折靄のようなものを打ち上げていた。
「見なかったことにして立ち去れ」
不意に背後から声を掛けられた。低く、貫禄のある声で、思わず首を縦に振りそうになる。
「あなたは?」
「君が知る必要のない世界だ」
そこにいたのは、あの不自然な集団と同じ黒いマントの男だった。私の問い掛けには無視をして、彼は私の前でフードを被り、仮面を取り出す。深淵のような彼の瞳に私は息を呑んだ。
そして先ほども唱えた言葉を繰り返す。
「パセリとセージとローズマリーとタイム、パセリとセージと……」
「『そっち』の住人でいたければ、それで良い」
「パセリとセージとローズマリーとタイム……」
彼は最後に呆れた顔をして、何か黒い棒を取り出した。それでつつくでもなく、殴るでもなく、そっと宙に滑らせる。私の身体がぐるんと180度向きを変えた。
「パッ、パセリとセージとローズマリーとタイム!」
繰り返す言葉に恐怖が乗る。震える私の声に背後から嘲笑が聞こえた気がした。
「さようなら、ミス。もう二度と会わぬ方が君のためだ」
「パセリとセージとローズマリー――」
Special Thanks
you
(2019.7.12)