思えばあれは恋だったのか


思えばあれは恋だったのか。

妙な恋だった。他人に指摘されなければそれと気づかないほど。けれど気づけば心にピタリと当てはまる。青春真っ盛りの激しく燃えるような恋ではなかったし、甘酸っぱくもなかった。


始まりはよく覚えている。

その日は呪文学でスコージファイを習った。良くも悪くもない成績の私がこれはすぐに習得できて、舞い上がっていたのだ。




「スコージファイ(清めよ)!」


移動する先々で唱えてみては、ピカピカの城内に満足する。呆れて先へ寮へ戻ってしまった友人を追って走り出そうとしたその時、角から現れたスネイプ先生に足はピタリと止まった。


「こんばんは、スネイプ先生」

「走るのを止めたのは賢明だったな」


挨拶代わりの言葉をもらってすれ違う。その瞬間、視界を横切っていったのは先生の汚れた指先だった。授業終わりらしいその様子から、今も何かしらの調合をして見せていたのだろう。その繊細な手付きは調合が終わるまで。ひとたび終わってしまえば先生はいつも自分に無頓着だった。


「スコージファイ」


大股で廊下を歩いていく後ろ姿に小声で唱えた。自分でも大胆なことをしたと思う。後に友人へ話したときは大笑いされてしまった。


「ミス・エバンズ、これは君か?」

「……はい」


無言呪文でもない拙い生徒の魔法に気付かれないはずがない。先生はピカピカになった指先を観察し、その指先ひとつで私を呼び寄せた。


「完璧な呪文だ。スリザリンに5点やろう。だが廊下での魔法は使用禁止だ。杖をしまえ」


その言葉に、ポカンと口の筋肉が仕事を放棄した。再度促され、私はようやく杖を手から離す。


「よろしい」


フン、と鼻で笑った先生の表情が、いつまでも目に焼き付いていた。


それからというもの、私は先生を見かける度に呪文をかけた。時には髪に、ローブに、靴に。呆れられたりはしたものの、不思議と止めろとは言われなかった。


「気は済んだか?」

「いいえ、まだ。スネイプ先生に汚れひとつなくなるまでは」

「……好きにしたまえ」



そしてホグワーツ最後の日。あっという間の七年間。もちろんスネイプ先生もいた。洗濯したてのシワひとつないローブに珍しく整えられた髪。授業はないのだから指先に汚れもない。完璧だった。正に最後の日に相応しい。

私はローブの上からぎゅっと杖を握った。


「リリー、スネイプ先生に挨拶はした?随分ご執心だったじゃない。今日で最後だよ」

「ううん、いいの。もう、終わりにしなきゃね」


執着ともいえる私の恋は、かくして終わったのだった。

Special Thanks
you
(2018.11.25)


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