誰か嘘だと言ってくれ


誰か嘘だと言ってくれ。

スネイプは大広間に入った途端、頭を抱えた。壁にはでかでかと掲げられた横断幕。読み上げたくもないそれには、自身の名前が書かれていた。添えられた文面は落とす内容ではなかったが、だからと言って受け入れられるものでもない。

彼はそれを当然のように消し去って、当然のように犯人に違いない女子生徒の首根っこを捕まえた。




「ミス・エバンズ、弁明はあるか?」


地下の石壁に棘ついた声が突き刺さる。スネイプは研究室へ連れてきた彼女を丸椅子へ押し付けて、腕を組み見下ろしていた。空気を圧縮し華奢な目の前の肩へ積み上げるような視線。しかし彼女は靴先をゆらゆらとさせ、何とも気楽な様子だった。


「ありません。後悔するくらいなら、始めからしません」

「なるほど。自分ではないと言い逃れることすら放棄するか」

「お手間はおかけしませんよ」

「今この時間が既に手間だがな」

「なら大広間で減点して終わり。それで良かったのでは?」


スネイプはまた頭を抱えたくなって、舌打ちとため息に変えた。


「七年生にもなって、未だ悪戯で喜んでいるのは君くらいなものだ。もっと取り組むべきことがあるだろう」

「もう七年生なんですよ。後悔のない学生生活にしなくては」

「君がどのような進路を望んでいるのか知らんが、手を抜くと将来後悔することになる」


彼女は返答に数拍間を置いた。ようやく現実を見る気になったかと思えば、その口からはゾッとする言葉が紡がれる。


「もしも、希望進路はスネイプ先生のお嫁さんだって言ったら、どうしますか?」

「もしも、などという不確かなものに答える気はない」

「将来、私はスネイプ先生と結婚します」

「君に断言できるものではない」


マクゴナガルは一体彼女へどのような進路指導をしているのやら。今度探っておくべきかもしれない。


「他にご結婚の予定が?」

「……君には関係ない」

「先生の隣、空けておいてくださいね」


彼女は私の隣を指して、とろんと夢を見ているような目をした。恐らく、私を巻き添えにした勝手な夢。私のどこにそんな執着するようなものがあるというのか、甚だ疑問だ。


「自立し広い社会で他の多くの人間を見ても尚そう言えるのであれば、その時は君の話を真面目に聞いてやる」


どうせ戻って来やしない。たとえグリフィンドール生相手でも、教師らしいことの一つや二つ。その熱意の矛先を悪戯から未来の彼女自身へと向けてやるのは簡単だった。


「数年後が楽しみだな」

「約束ですよ、先生。必ず迎えに来ますから」


今日という日が、いつか彼女の中で笑い話へと変わる時が来る。そう確信していた。






誰か嘘だと言ってくれ。

スネイプは大広間に入った途端、頭を抱えた。壁にはでかでかと掲げられた横断幕。それにはただ一言「私と結婚しましょう!」と書かれていた。誰が誰へ宛てたのか。勝手な噂話に興じる生徒を一瞥し、スネイプは役目の終えたメッセージを杖の一振りで消し去った。

かつて首根っこを捕まえて引きずった女子生徒がホグワーツを卒業して、もう3年が経とうとしていた。


犯人を引き連れずとも、スネイプは大広間から地下の私室へと駆け下りた。その扉の外には、来訪者が一人。


「やはり君の仕業か、ミス・エバンズ」

「弁明も、後悔もありません」

「その歳になってまだ悪戯とはな」

「約束です。迎えに来ました」

「約束だ。進路指導をしてやろう」


胸を張る彼女を鼻で嗤い、スネイプは誘うように扉を開けた。中に入ると、彼女は座る間も惜しいと話し出す。


「私の第一希望は――」

「生憎とまだ空席だ」

「良かった!これからじっくりと時間をかけて先生を口説き落として見せますね!」

「では楽しみにするとしよう」

「えっ、楽……しみ……?」


何か問題でもあるのか、とそう言ってやろうと息を吸い込む。

途端、彼女の両手がこちら目掛けて飛んで来た。反射的に半歩身を引き眉間にシワを寄せたものの、彼女の指先が私の口を塞ぐ。

もう一度大きく身を引けば、彼女は追ってこなかった。ただふらふらと視線を泳がせて喜ぶような、戸惑うような、驚くような、それでいて泣きそうでもある、妙な表情でこちらを窺っている。

彼女の表情と同じ妙な間を空けて、私より先に彼女が口を開いた。紡がれたのは、何とも初々しい心。私にもかつてはあったはずの心。何とも甘酸っぱく、むず痒い。


「先生の言葉すべてに私は一喜一憂するんです。今のも冗談だって分かってますから、もう少しだけ舞い上がったままでいさせてください。先生の口からは、

どうか嘘だと言わないで」

Special Thanks
久道様
(2019.6.28)


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