あの人のことを思い浮かべるだけで胸がキュウ、と苦しくなる。
大人になっても、こんな恋をするなんて。
「リリー、スネイプ教授が来たわよ」
ウィンクと共に、マダム・ロスメルタが肘でつつく。私は何度も頷いて、マダムへ半分だけ磨いたグラスを託した。
彼はいつもカウンター席の隅に座る。
「こんばんは、スネイプ教授。今日も閉店ギリギリですね」
「仕事を終えるとどうしてもこの時間になる」
「ここよりベッドへ行かれた方が良かったんじゃありませんか?」
「ここで働く君に言われるとはな」
「マダムには内緒にしておいてください」
注文はいつも軽く会話をしてから。
「ご注文はいつもと同じ?」
「いや、今日は――」
頼まれたのはいつもと違う強めのお酒。
「珍しいですね」
「呑みたい日もある」
何があったのか、なんて無粋なことを聞きはしない。ただそっと受け入れて、頼まれたものを差し出すだけ。
「呑まれないようにだけ、お願いしますよ」
「君は外に放り出すことなく介抱してくれそうだな」
「買い被りすぎです。酔った客全員にそんな親切な対応はしてられません」
「だがその客が私ならば別だろう?」
彼は狡い笑みで核心を突いてくる。否定しないことで、私はこの心を打ち明けてみた。彼は変わらず唇で弧を描いたまま。
「私とて、マダム・ロスメルタに介抱を頼む気はない」
彼はグッとグラスを呷った。コトン、と空になったそれをカウンターへ乗せ、黒い瞳で私を見つめる。
思い浮かべるだけで苦しかったこの胸は、彼への思いが詰まり、もう破裂しそうなほどに膨らんでいた。
「同じものをもう一杯、頼めるか?」
その一杯で、きっと彼は酔ってしまう。そして私は介抱するのだ。けれどそうして変化を始めてしまうその前に、あなたの口から
好きって言ってよ。
Special Thanks
r.a様
(2019.6.25)