「私を見ないでください」
入り口にひとつだけ置かれたランプが影を作る。外のざわめきから離れ、小さなテントの中で二つの影が動いた。
リリーは中央に置かれた檻の中で蹲り、痩せた腕をその細い指で擦っていた。その声は細く、情けを願う震えを伴う。しかしスネイプは彼女に釘付けになったまま。
「念のために聞いておく、エバンズ。君は望んでここにいるのか?」
「そんな!……そんなはずが、ありません……」
一瞬、彼女は顔を上げた。しかしまたすぐに彼の視線から逃れて顔を伏せる。伸びた前髪がだらりとその表情を覆った。
「見ないで、先生……」
しかしスネイプは膝を折って彼女の目線に高さを合わせた。そして鉄格子の隙間から左腕を差し入れると、彼女の前髪を掻き上げる。
彼女の啜り泣く声が見世物小屋のテントに広がった。
「これは、呪いか……?」
「癒者は病気の一種だろう、と」
彼女に似た状態をスネイプは見たことがなかった。これほど筆舌に尽くし難いものはない。果たして彼女はこの先も彼女であり続けることができるのか。その見当すらつかなかった。
スネイプは上げた髪を直してやると、自らのマントを彼女へかける。ぎゅっとマントを引き寄せる彼女の指にも、異変が現れていることに気が付いた。
絶えず送られてきていた彼女からの手紙が途絶え、おかしいとは思っていた。最後の文面から一方的な現状報告に飽きたとは思えず、ふくろうの不調か彼女自身の不調だろう、と。何か悩みがあるらしいことも分かってはいた。
まさか妙な噂を聞きつけ乗り込んだ先で、彼女を見つけることになろうとは。
「ここから出られるとしたら、どうする?」
「……私には、行く当てがありません。家族も、仕事も、全部、ダメになって……」
「君の生きる場所としてここが相応しいとは到底思えんがな」
鞭や、鎖、いくつも積み重ねられた檻。リリーのいる鳥籠のような小さな檻にはパサついたサンドイッチが置かれたままになっていた。
「私に相応しい場所なんて……」
「君はもっと諦めが悪く自分を押し売ってくる人間だった」
「こんなことになる前の話です」
「ならば好きなだけここにいればいい。我輩と会うことも二度とないだろう」
ピクリと彼女の肩が跳ねた。何度も見た彼女の瞳が前髪の隙間から覗く。腕を離れた細い異形めいた指が、ゆっくりと鉄格子を握った。
スネイプはその指へ手のひらを重ねた。
「どうして先生がここまで……?」
「君の現状を知ってしまったからには仕方ない」
「流石、先生ですね」
「こんな真似、仕事の範疇を越えている」
「こういうドキドキを共有すると、恋に落ちやすいそうですよ」
「……君らしさが戻ったようで、何よりだな」
彼女がグッと口角を上げた。そこに未だ不安を抱えたままであることは、心を読むまでもなかった。
「一先ず、ホグワーツへ向かう」
「その先は?」
「君次第だ。ホグワーツか、聖マンゴか。我輩としては、聖マンゴを勧める」
「一人は、嫌です。わけの分からないまま一人で死んでいくのだけは、嫌なんです……」
「悲観的になっているところ申し訳ないが、 聖マンゴの癒者は君の治療に全力で取り組むはずだ。それにダンブルドア曰く、ホグワーツは望む者すべての家であり、帰る場所で、家族だそうだ。これからはホグワーツを家とするすべての人間が、
君と生きる」
Special Thanks
you
(2019.6.10)