「杖を貸して下さい!」
リリーは呻くホグワーツ生のそばへ膝をつくと、数メートル先の男へ声を張り上げた。鬱蒼とした禁じられた森で、男は黒一色のローブに身を包み、きっちりとフードまで被っている。死喰い人だと言われれば納得してしまうその様子にも、彼女が臆することはなかった。
癒者として駆ける彼女の杖が折れてしまうほど、未曾有の戦いだった。ホグワーツで起こってしまったこの戦争は、どんな結末を迎えようとも後世へ語られるに違いない。誰もがそう感じるほどに。
「君は我輩のことを知らないのか?」
男がゆっくりと彼女へ歩み寄る。その手に杖をしかと握りしめ、彼女の置いたランプに足を止めた。
「ごめんなさい、気を悪くなさらないで」
「我輩は敵かもしれない」
「あなたはこの子を狙った相手に攻撃呪文を放った。今はそれだけ分かっていればいい」
リリーは彼に手を差し出して、再度杖をねだった。
「早くこの子を手当てしないと!私は癒者です。致命傷はありませんが処置が遅れると回復が長引きます!」
「だがこの杖の持ち主は君じゃない。私がやる」
男は立ち向かうことを選択した勇敢な生徒のそばへ膝をついた。ランプが男の特徴的な鉤鼻を照らし出す。ギラリと覗いた瞳は黒く、忙しなく生徒の身体を探っていた。
「やめ……スネ、イプ……」
生徒はもがくように身を捩り、やっとのことでそう吐き出した。
「お知り合い?」
「さぁな。痛みで意識が混濁しているんだろう」
「そうね、怪我はこの脹ら脛が一番――」
「彼を治したければ集中させろ」
「ごめんなさい」
リリーは生徒の目を手で覆い、大丈夫だから、と肩を叩いた。スネイプが生徒へ杖先を向けると、その動きを注視する。独り言のように呟く呪文に耳を澄ませて、処置を見守った。
彼女自身、何度も唱えたことがある治癒呪文。しかし彼から紡ぎ出されるそれは歌うような不思議な心地がした。もし不死鳥の旋律を聴けたなら、こんな感じだろうか。
「応急処置ならこれでいいはずだ」
スネイプが立ち上がって言った。
「ええ、そうね。十分です。どうもありがとう」
いつの間にか聞き入ってしまっていたことに気付き、リリーが取り繕う。実際、彼の処置は完璧で、申し分がなかった。嫌がっていた生徒も息を落ち着かせ、自ら瞼を閉じていた。その深い呼吸から眠っていることが分かる。
「ここで息を潜めていれば城内より安全だろう」
「この子を一人残していくのは忍びないですが、それが一番――」
「待て、君は杖もなしに戻る気か?」
「戦いが続いている以上、負傷者は増え続けます。杖がなくたってできることはありますよ」
スネイプは眉間を深め、大きく息を吸い、吐き出した。彼の杖先がリリーへと向く。
「エピスキー(癒えよ)」
彼女はまた、心地の好い低い声を聞いた。それは温もりとなって左肩へと入り、忘れたふりをしていた痛みを和らげる。
「誰かを救う前に君が死ぬ」
「それは……」
「アクシオ(来い)」
彼女から逸れた杖先が、死角から何かを呼び寄せる。彼の左手に収まったのは杖だった。
「君らを狙った女の物だ。ないよりはましだろう」
そして彼は杖を彼女へ差し出した。
杖が受け取られると、彼は颯爽とその場を去った。リリーは借り物の杖を握りしめ、手当てされたばかりの肩へと手を添える。心に彼の旋律が響いた。
なかなかどうして、彼の魔法が好きらしい。
Special Thanks
you
(2019.5.31)