立てば芍薬


立てば芍薬。

ピンと背筋を伸ばした姿勢が彼女の自信を現して。座れば牡丹。凛とした横顔に誰もが釘付けになる。歩く姿は百合の花。赤毛を靡かせ颯爽と進む彼女はその名もリリー。

親友である彼女は私の誇りでもあった。隣に立てることが嬉しくて、笑い合えることが嬉しくて。友達思いで、聡明で、すべてが完成されているリリー。完璧で汚れのない美しいリリー。

だからこそ、スリザリンの中でも取り分け陰湿で呪いばかりを追いかけている連中の一人と話すのは理解できなかった。


「リリー、どうしてスネイプなんかと話すの?今日も魔法薬学で隣にいたじゃない」

「彼はここへ来る前からの友人なのよ」

「それは聞いたわ。でも今のあいつを見るべきよ!闇の魔術のことばっかり!」

「セブは魔法薬学も得意だわ」

「人の善を見ようとするのはあなたの素晴らしいところよ。でもあいつはダメ。私、聞いちゃったのよ。あいつが影でマグル生まれのことを、その……とにかく!関わらない方がいいわ!」

「ありがとう、リリー。私が傷つけられるんじゃないかって心配してくれるのよね?でも大丈夫。彼はきっと分かってくれる」

「リリー!」

「ねぇ、聞いて。セブってね、あれで結構抜けてるとこもあって、楽しいのよ」


彼女の語るスネイプは私の知る男とは別人かと思うほど、楽しい話題ばかりだった。暴れ箒に苦戦する姿、照れると指先を弄る癖、下手くそな笑顔を無理矢理作ろうとした日の話。


「それって本当にセブルス・スネイプ?」

「もちろんよ!」


リリーは恋をしてしまったんだと思った。恋をしているから、何だって彼が素敵になってしまうのだと。

そんな彼女の話を聞いていると、私まであいつのことが気になり始めた。隙を見つけては、彼女の語る『セブ』の片鱗を探して観察する。

長く追いかけるまでもなく、リリーと二人で話すあいつは確かに彼女の語る『セブ』だと分かった。いつ見ても不機嫌顔のあいつの表情はリリーのことでいっぱいの顔になり、顔色も仄かに良くなる。彼女の気を引こうといつもよりお喋りになって、弾んだ会話のあとは彼も弾むように歩いていた。


何度も二人を見ていると、そのうちもやもやと嫌なものが私の内に現れた。『セブ』の見慣れないキラキラに当てられたせい。あるいはこれは、親友を取られてしまうのでは、なんてバカな心が作り出したもの。私は黒ずんだその靄を誰にも打ち明けられず、抱えたままにした。


けれど『セブ』は、自らの失態でリリーの中から姿を消した。彼は何度も何度もグリフィンドール寮まで足を運んでいたけれど、とうとうリリーが彼を許すことはなかった。


そしてイギリス中が歓喜に湧いたハロウィンの日。

百合は最も美しく咲き誇る最中、杖腕一本でたおられてしまった。彼女は記憶となって、枯れることなく永遠の呪文と共にガラス瓶へ飾られる。

家は残され像が建てられても、彼女は、もう――。




私は静まり返った夜の教会に来ていた。ゴドリックの谷にある、何の変哲もない教会。用があるのはその奥で、ここにはリリーが眠っている。

名を彫られただけの、飾り気のないただの石。冷たくて、何も返してはくれない。私は白百合の花束を手向け、手を合わせた。

バチン、とそう遠くない場所で、覚えのある乾いた音がした。魔法使いならば心当たりのある音。

振り返れば、墓地の入り口にかかった外灯が、こちらへ歩いてくる人影を教えていた。私はその静かな足音に耳を澄ませた。


「墓荒らしなら他を当たれ。よもやこんな夜遅くに墓参りではあるまい」

「どうしても今日中に来たくて。あなたもでしょう、スネイプ?」

「君はまだリリーにくっついていたのか、エバンズ?」


彼は私をじっと見つめると、私が手向けたばかりの百合へ視線をやった。


「友人とは思えん選択だな」


彼はそう言って、杖でお墓の周りへ円を描いた。瞬く間に色とりどりの花が咲き乱れる。赤、黄、オレンジ、ピンク。加わっていない色はないのではと思うほどで、彼は得意気に眉を上げた。


「かなりマグルが驚きそうだけど、まぁこのくらい派手でも良いかもね」

「今日はリリーの誕生日だ」


彼は猫背をピンと伸ばし、まるで祝う相手がそこにいるかのように墓石を見つめていた。その横顔は何とも言いがたい、切なさと苦しさに悲しみが寄り添うもの。昔、黒ずんだ靄を抱えていた場所がぎゅっと絞るように痛んだ。


やがて彼は私に構うことなく立ち去った。

目の前にいたのは、間違いなくリリーの『セブ』だった。リリーの中から彼が消えようと、彼から彼女は消えなかったのだ。彼女の死から何年も経った今でさえ。

生者は死者に敵わない。そうでなくてもリリーには敵いっこない。私のこの幼い靄が風化しようと、ぶり返そうと、

私は百合にはなれない。

Special Thanks
you
(2019.5.25)


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