「私を殺してほしい」
スネイプは数年振りの旧友宅を押し掛け、挨拶もなくそう切り出した。
「久々に顔を見せたかと思えばそんなこと。私なら二つ返事で受けるとでも?」
「そうは思っていない。だが可能性があるなら、君だとは思った」
「杖先を自分に向ければいいじゃない。簡単なことよ」
彼女は人差し指を杖に見立て、自分を差した。
「それが、できればっ、私は!」
「セブルスは意気地がないものね。噂では例のあの人の後ろ盾も失ったとか。まさかあの人を追って死にたいの? 」
「――っ」
彼はその薄い唇が見えなくなるほど固く縫い付けた。否定であり肯定でもあるその反応に、彼女が目を細める。
「他に追いたい人が、いる? 」
黒の瞳がグラリと揺れた。
しかし彼女がその理由を深追いすることはなかった。開け放たれた戸を通り、隣室から赤子の鳴き声が響く。
「子供が、いるのか……?」
スネイプは隣室へ消えるリリーを目で追った。再び現れた彼女があやしていた子供を見て、スネイプはクラリと目眩がした。ツンと尖った鼻は母親似で、黒髪に黒い瞳は彼女のものとは大違い。
「父親は……」
「いない。この子は私が一人で育てるって決めて産んだの」
「まさか、その子は……」
スネイプには心当たりがあった。自棄になり彼女との夜を何度か繰り返したことがある。お互い感情の伴わない娯楽の延長。子供の年頃はその心当たりの時期と一致していた。
当初の目的がこうも容易く挫かれてしまうとは。死んでしまいたいと、もう何もかも捨ててしまいたいとここへ来たはずなのに。グルグルと頭を巡り始めた新たな生命の存在に、スネイプは眉間を深めることしかできなかった。
「言えるのは、私が誰彼構わずな女じゃないってこと。でもあなたには関係のないことよ」
「…………」
スネイプはまるで魂を抜かれたように立ち呆けていた。そんな彼に見せつけて、リリーが子供を抱え直す。
「この子を抱く手をもう汚したくないの。私たちのことは忘れて、死にたいなら他を当たってちょうだい」
リリーはスネイプに背を向けて、子供の背を優しく叩いた。そして顔に張り付いた柔らかな黒髪をかき分けて、黒の瞳を隠す
瞼に口付けた。
Special Thanks
you
(2019.5.22)