もう時間が無い。
授業が終わるまであと20分。既に調合を終わらせた人もいる。でしゃばりのグレンジャーが意気揚々と提出用の小瓶片手にそばを往復しても、私の大鍋はまだ完成にはほど遠かった。
「そろそろ湯気が螺旋を描き始めなければならない。でなければ授業中の完成は絶望的だ」
教卓に両手を着いて、スネイプ先生がクラス中を脅した。私は震え上がった生徒の1人。もっと、もっと、素早く調合を進めなければならないのに。先生に認められたいのに。私はいつも劣等生。刻むナイフは慎重になりすぎるし、重さを計るだけでも大仕事。
「ため息を入れろ、と黒板に書いた覚えはないぞ、ミス・エバンズ」
「はっはい、先生!」
心臓が口から飛び出てしまった気がする。いつの間にか隣に立っていた先生は、私の大鍋を覗き込んだ。グリフィンドールへするように、せせら笑うに違いない。或いはスリザリンの落ちこぼれだと落胆してみせる。けれど一向に、先生からはどちらの言葉も出て来なかった。先生はただ顎へ手をやって、唸るようにしかめっ面を大鍋の水面へと落とす。
「君はすべてにおいて作業が遅い」
「……はい」
「この調合ではある程度のスピードも必要だ。ラベンダーを入れてから擂り潰してすぐの脾臓を加えるまで、与えられた時間は短い。君がこなせたとは思えん。だが君の大鍋に失敗の形跡は見られない」
「あの、それは、初めに入れたサラマンダーの血液の量を減らしたからだと思います。理論的には反応が緩やかになると思って……作業が遅くても良いように……」
誰かに手伝わせたのでは。そう問い掛けてきそうな先生の目に、私はボソボソと早口で勝手な釈明を捲し立てた。
凝視されながらの息苦しい調合が続く。震える手を誤魔化しながら、私は大鍋を繰り返しかき混ぜた。
「正確で迅速な調合方法へと改良する者は大勢いても、わざと調合に時間をかけようとする者は君くらいだろうな」
フッと鼻を鳴らして、先生はようやく私を解放する気配を見せた。
「君の理論が正しく、かつ最後まで正確に調合が終えられるか、我輩がこの目で確かめてやろう」
終業のベルが地下に響く。
「調合を続けたまえ、ミス・エバンズ。特別に許可する」
先生はまた教卓へと闊歩して、滑り込みの小瓶をいくつも受け取っていた。バタバタとランチタイムへシフトする教室の雰囲気に、私は1人取り残される。同情的な友人の目には曖昧な笑みで答えた。
無事に調合を終えることが出来たなら、先生は少しくらい私を認めてくれるだろうか。瞬く間に二人きりへと変わった教室で、私の大鍋がグツグツと緊張した音を吐き出していた。まだ湯気は真っ直ぐに立ち昇ったまま。でも、
もう間に合わなくてもいい。
Special Thanks
you
(2019.5.9)