「私の存在を忘れていないか?」
スネイプは腕を組み、苛立ちに足を揺らしながら言った。彼の足元では大型の愛犬に押し倒され至福の笑みを浮かべるリリーが、今も熱烈な再会のスキンシップを全身で受け入れていた。
「私の家へ来ていながら私には碌な言葉もない」
彼女が玄関扉を開けて数秒で生じたこの現状に舌打ちをして、彼は一言一言にたっぷりの棘を持たせた。愛犬の舌を手のひらで受け止めて、リリーが苦笑する。
「ありがとう、この子を預かってくれて。セブルスが夏期休暇中で助かった」
ようやく感謝が述べられると、スネイプの眉間が僅かに解れた。そして一旦は避けた床の塊に近付き、彼女の上に乗る栗色の体を追い払わんとその脇腹へ手を当てる。しかし大きくふさふさとした尻尾を勢いよく振り続けるその体は動く気配すらなかった。
「君はいつまで床に転がっているつもりだ」
「だって2週間ぶりなのよ?」
「……そうか」
精彩を欠く声でポツリとそう溢すと、スネイプは愛犬を撫で続ける彼女の手へ視線をやった。わしわしと粗雑なようで愛情の籠ったその手つきをしばし見つめ、再び宙へと漂わせる。
「セブルス」
リリーは柔らかに微笑み、彼へ手を伸ばした。未だじゃれ続ける愛犬を宥めて、その身体を起こすべく彼を求める。
「気は済んだのか?」
素っ気なく、それでいてすぐさま手を握り返した彼に引かれ、リリーの身体がふわりと起き上がった。その勢いのまま彼女の手が彼の背に回る。全身でその温もりを感じると、今度は頭へ手を伸ばした。
「何をっ――」
じっとりとした黒髪に彼女の指が差し込まれる。戸惑う彼を置き去りにして、彼女からはクスクスと笑い声が溢れた。
「羨ましそうに見てるんだもの」
リリーはわしわしと愛情の籠った手つきで彼を撫でた。否定することも忘れ、暴れる前髪と彼女からの視線にスネイプが目を細める。今この瞬間を逃すまいと瞬きすら恐れて、一途に彼女を受け入れた。
頭を撫でていた手が頬へと下りると、それを覆うように無骨な手が重なる。すり寄るような仕草に反して、彼の口角はむっすりと下がったままだった。
「まさか私が犬の次だとはな」
「拗ねないで、セブルス。
仏頂面で甘えたがるあなたも可愛い」
Special Thanks
you
(2019.4.30)