「俺は友だと思っていたよ」
珍しく人気のないキッチンで、シリウスが冷たくリリーを突き放す。いつもはモリーが牛耳るこの場所も、彼女がいない今はブラック家の埃だらけのほの暗さが漂っていた。
「友達?」
「そうだ」
「あんなに、私たち、何度も……心も繋がっているんだと、てっきり私……」
「俺は愚かな男だった。リリー――」
「呼ばないで!」
キン、と彼女の声が部屋を貫いた。
「私を名前で呼ばないで」
「……分かった。エバンズ、俺は――」
言葉の続きは開け放たれた扉の騒音に掻き消された。
「行くぞ」
現れた黒い影が素早く動く。長い袖口から生えた細く筋張った指がリリーを掴んだ。
「セブルス?」
「おい、待て!スニベルス!」
スネイプは力任せにリリーを引き寄せ、伸びてきたシリウスの手から遠ざけた。初めの一言きり、スネイプは何も発しなかった。半ば駆けるように廊下を抜け、躊躇いもなく騎士団の本部を飛び出す。
左手にはリリーを連れて。
「ねぇ、セブルス!」
「舌を噛むぞ」
バチン、と乾いた音だけがグリモールド・プレイスに残された。
二人は空気の澱んだマグルの街にいた。遠くには真っ直ぐ天を差す煙突が一つ。夏の傾きかけた太陽を背に、スネイプは路地を慣れた足取りで突き進む。
「ここはどこ?」
「私の生まれた場所だ」
スネイプの足は何の変哲もない玄関扉の前で止まった。
「ここが……」
「ここへは誰も来ない。私でさえ」
その言葉の通り、玄関からすぐのリビングは埃で埋もれていた。二人が動く度に埃が舞って、リリーが咳き込む。スネイプは杖の動き一つで窓を開け、続く動きで埃を消し去った。冷えた空気を孕む風が二人の間をすり抜けていく。
「聞いてた……でしょ?シリウスとの会話」
「あれ以上ヤツの戯れ言を聞いてやる必要はなかった」
「馬鹿だよね、私。勝手に勘違いして。誰にでも身体を差し出すような女だって思われてたのかな」
スネイプの指がピクリと動いた。上がりかけた右腕が彼女のそばで数秒止まる。やがて何にも触れずに通りすぎ、懐へと杖を入れた。
「いや、君がそんな人間ではないことくらいヤツも理解していたはずだ。だからこそ質が悪い」
「こんなことを言うとセブルスは怒ってくれそうだけど、シリウスに悪気があったわけじゃないの。ただ言葉が足りなかっただけ。きっと私の方が曖昧さを望んでた」
スネイプは飛び出しそうになった罵声を呑み込んだ。目の前の人間が、苦しいはずの当人が、庇う相手を謗ることは得策ではないと理性が勝った。しかし暴発しそうな感情を、唇を噛むことで押し止める。
「セブルス、私よりも辛そうな顔してる。みんなにも今のあなたを見せてあげればいいのに。そうすれば、もっと――」
「無理な話だ 。私はただ君を……我々は、友だろう?」
彼女の話を打ち切って、スネイプは無理矢理な笑みを作った。しかしいつも笑い返す彼女の頬は、突然の真冬に凍り付いたまま。肩を竦め、震える身体で息を吸う。
「さぁ、どうかな。もう私には分からなくなっちゃった。ねぇセブルス、
友達って何?」
Special Thanks
you
(2019.4.16)