私ね、晴れ女で有名なの


「私ね、晴れ女で有名なの」


夜遅くの談話室。そう話しかけてきたのは、晴れ女と言うよりもスリザリンらしからぬ言動で有名な女だった。所謂『不思議ちゃん』。今まで僕に話しかけてきたことなんてないくせに。面倒だ、と全身で示して見せても怯む様子は全くない。


「そんなもの、天候を変える呪文でどうにでもなる。僕は勉強してるんだ。見て分かるだろう?邪魔しないでくれ」


同級生はみんなNEWT試験へ向け必死だというのに、この女だけはずっと変わらぬ飄々さ。それが余計に周りを苛立たせ、浮いている。


「セブルスもNEWT試験受けるんだ?そんなもの関係ないところへ行くって、みんな噂してるよ」

「……知識を詰め込めるのは今だけだ。この先何が役立つか分からないなら、すべて叩き込むまで」


だから邪魔をするな。そう言ったつもりが、やはりこの女には通用しなかった。何故か隣に陣取って、僕の顔を覗き込んでくる。さらりと流れた赤毛が参考書を覆い隠した。


「散歩しよっか」

「……は?」

「行こ!」


こちらの都合などお構い無し。腕を掴まれ引かれれば、勉強どころではなくなった。談話室に残っていた数人の疎ましそうな視線がチラチラと向く。僕一人を犠牲にすれば、彼らは平穏を取り戻せる。


「一人で行けば良いだろう」


しかしそんな都合よく動いてやる気は更々ない。手を振りほどいて周囲すべてを睨み付けた。

再び静かになった談話室。引き下がった彼女に背を向け、参考書に向き直る。だがそれは僕の判断ミスだった。


「エバネスコ(消えよ)」

「――っ!?」


お尻を床に強打し、反転した視界。痛みに耐えながら意味もなく天井を睨み付けていると、そこへ杖を持った女が頭を出した。満面の笑みでこちらを見下ろす顔は今日一番の腹立たしさ。


「散歩の時間だよ」


差し出された手は払い除けた。にも拘らず手をとられ、力任せに引っ張り上げられる。その勢いのまま、一歩二歩と足が扉へと向かう。

もう、どうでもいい。この女が諦めない限り僕に平穏は来ない。寝室へ逃げ込んだところで彼女ならば追って来かねない。


「行けばいいんだろう、行けば」


降参したというのに繋がれた手はほどかれないままだった。


「目的地は?」


問うても唇へ人差し指を当て微笑むだけ。見回りを警戒し大人しく従えば、地下をうろうろと歩き、辿り着いたのは船着き場だった。初めてホグワーツへ足を踏み入れた日に来たきりの懐かしい場所。存在すらも忘れていた。


「ここは穴場なの。あんなにワクワクした場所なのに誰も来ない。寂しいよね」


慣れた手付きでボートの用意をするエバンズは常習犯に違いない。軽い足取りで不安定なボートへ乗り込みこちらへ手招きをする。しかし外を窺えばそんな気には到底なれなかった。


「雨だ」


音も聞こえる。彼女とて気付かぬはずはないだろうに。春めいてきたとは言え夜は冷える。加えて濡れたとなれば相当寒い。


「うん。だから来たの」


早く、ととうとう腕を引かれた。飛び乗ったボートがぐらりと揺れる。


「扱えるのか?」

「もちろん。城は私にだって秘密を打ち明けてくれるよ」


数人乗りの場所へ向かい合って座った。彼女がトントンと杖で船体を小突く。するとボートは滑るように移動を開始した。行く先は彼女の杖が指し示すまま。

外を出る一歩手前で慌てて防水呪文を唱えた。気にする様子のない彼女にも唱えてやれば、「ありがとう」と笑みが返る。


「星が見えないね」

「曇りどころか雨だからな」

「でもたぶん――」


適当に空を指しながら星座を描く。月明かりもない中で僕からはほとんど見えやしない。それでも湖に雨が叩き付けられる音に混ざって聞こえる彼女の気配がそんな姿を想像させた。

ボートが止まると彼女は杖先を灯した。


「セブルス、いる?」

「いるに決まってるだろう。湖の真ん中で箒もなしにどこへ行けと?」

「どこだろう?」

「君は馬鹿だな。さっさと灯りを消せ、エバンズ。離れていてもこれでは見つかる」


この奇妙な現状に内から笑いが込み上げる。その感情のまま僅かに顔を崩せば、たちまち彼女も笑顔を浮かべた。腹立たしさも消え去る満面の笑み。

杖灯りが消える直前、彼女は僕を真っ直ぐ見つめて言った。


「ほら、雨が止んだ」

Special Thanks
you
(2018.11.19)


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