二日酔い。
スネイプは人生で数度経験しただけの痛みに頭を抱えていた。未だベッドから出ることすら叶わず、唱えた呪文は頭痛に邪魔され失敗続き。コップ一杯の水を出すつもりが床を水浸しにし、呼び寄せたかった酔い覚ましの薬は扉で砕けた。
杖を手に入れたばかりの頃でさえもう少しマシだった。スネイプは呻きを枕へ吐き出して、ベッドから這い出るタイミングを量る。
トントン
寝室の扉が叩かれた。
スネイプは無理矢理に身体を起こし、杖を手に取った。胃と喉を行ったり来たりする不快さに顔をしかめて扉を睨む。寝室へ来るまでには彼の私室を通り抜ける必要があった。返事のない他人の部屋へ入り込む人間などそういない。いては困る。しかし彼には心当たりがあった。
歳のわりに衰える様子を微塵も感じさせない老爺か、この二日酔いの原因とも言える妙齢の女か。
「スネイプ教授、大丈夫ですか?開けますよ?」
スネイプは返事をせずに杖を枕元へと置いた。
「姿が見えないので心配――わっ!」
踏み込んだ彼女の靴がパシャリと水を蹴散らした。
「喋るな」
「やっぱり二日酔いでしたか。それにしても随分と荒れてますね」
リリーが杖を振ると瞬く間に床が乾いた。そしてサイドテーブルへ空の小瓶を置く。ラベルにはスネイプの字で『酔い覚まし薬』と書かれていた。
「出ていけ」
「看病に来たんですよ、私」
「悪化させに、だろう」
「教授に呑ませたのは私ですし、申し訳ないと思ってるんです」
「君も同じくらいは呑んでいたくせに。薬があるならさっさと寄越せ」
「私が平気なのは体質です。でも薬は持ってきました」
リリーが隣室へ向けて杖を振る。無言でなされたそれをスネイプが窺っていると、トレイが雪山を滑るようにして優雅に飛んできた。ゴブレットが二つ、水差しが一つ。彼女はそこから既に液体で満たされているゴブレットを選び取った。
「マダムの?」
スネイプが聞いた。
「いいえ、私の」
「…………」
スネイプは眉を寄せ、受け取ったゴブレットを熱心に覗き込んだ。痛む頭に度々邪魔されながら、回る水面を見つめる。色、匂い、湯気。そのどれもが自分の調合したものと大差ないと分かると顔を上げた。
「君に繊細な調合は向いていない」
「魔法薬学のふくろうではP(不可)でした」
「そんな人間が調合した薬を飲めと?」
「強制してはいませんよ。嫌なら自然回復を待っていい子でお寝んねしててください」
スネイプの表情も舌打ちも彼女は笑顔一つで打ち消した。ベッドサイドへトレイを置くと、ローブを翻して部屋を出る。扉の取っ手を勢いよく引っ張って、頭一つ分の隙間で止めた。
「マダムにご指導いただきましたから、ご安心ください」
パタリと扉が閉められた。
スネイプは心配したのだと言ったリリーの表情を思い出していた。そして彼女の指先に増えていた新しい火傷跡と切り傷。碌な手当てもせずにここへ来たのだと容易に想像できた。
ゴブレットでは変わらず濁った液体がかき混ぜてもいないのに渦を巻いていた。スネイプの唇に飲み口のヒヤリとした刺激が触れる。
そして一気に、
飲み干した。
Special Thanks
you
(2019.4.15)