これはゲーム


これはゲーム。

朝食を終えて入った研究室を見て、そう確信した。限りなく悪戯に近いが、どことなく部屋の空気が柔らかい。私のよく知る包み込む温かさ。

主催はリリーに違いない。

となれば、乗っかってやるのも悪くない。イースター休暇で仕事もなく、急ぎの用事も今はない。まずは目の前のテーブルに置かれた手のひら大のイースターエッグへと手を伸ばした。

つん、と指先がほんの数ミリだけそれに触れる。

その途端。

パン、と弾ける軽い音が部屋に広がった。素早く視界を横切った何かが方々へと散り、一瞬で静けさを取り戻す。残ったのは割れたエッグとその殻に引っ掛かる一枚のカードのみ。

一先ず視線を研究室全体へと巡らせて、異変の有無を確認した。彼女が壁一面の材料瓶に何か影響を与えることなど、ありはしないのだが。

ようやくカードを手に取ると、そこにはリリーの柔らかな文字が並んでいた。


『わたしは私の一番苦手な材料瓶にいる』


記憶と共に、ふっと笑いが込み上げる。

噛み付いてくる植物や生き物の死骸。生徒に不評な材料は数あれど、彼女が苦手なのはただのイラクサ。一度葉にかぶれてからというもの、手袋で対策を講じていても思い出して堪らなくなるらしい。

迷うことなく、棚から瓶を取り出した。その奥には手作りらしいイースターエッグが一つ。ラッパ水仙の絵と共に、今度は殻にメッセージが記されていた。


『わたしは私によって育てられた材料瓶にいる』


棚に背を向け研究室を見渡した。ホグワーツでも生育可能な薬草は多く存在する。先程のイラクサもその一つで、他にもハナハッカやベラドンナ、根生姜など挙げれば切りがない。だがそのどれかを彼女が育てたという話は聞いたことがなかった。

ふと、いつもと違った彼女の様子が甦る。


『スネイプ教授、今回用意した萎び無花果の効果は如何でした?』

『いつもとそう変わらん』

『同じですか?』

『そうだ』

『それは良かった』


それだけの会話。だがもし、あれが彼女の育てたものだとしたら。あの時は取り寄せ先を変えたのだろうと深く触れずにいたが、もしや。

取り出した瓶の奥にはまたもイースターエッグが置かれていた。今度はチューリップと共にメッセージ。


『わたしは鼻唄を歌いたくなる材料瓶にいる』


『あの時は高価な材料を台無しにしてごめんなさい』


『わたしは初めて罰則を受けた時の材料瓶にいる』


ごく最近のエピソードから、何年も前のものまで。次から次へと、いくつ隠したのかと考え始めてしまうほどにイースターエッグが見つかって、その度に彼女との日々を振り返る。その数だけイースターエッグがあるならば今日中に終わらないのでは、と馬鹿げた考えに至り自嘲した。


何個目かで、フグの目玉が詰まった瓶の裏から見つかったイースターエッグに、彼女の好む花が描かれていた。これが最後だと直感し、彼女の文字を指で追う。


『私はいつもあなたの心にいる』


「確かに、そのようだ。だが今は目の前に出て来ていただこう。ホメナム・レベリオ(人、現れよ)」


スネイプの杖先は研究室の片隅へ向けられていた。寸分違わぬその場所に、妙齢の女性が現れる。彼女は肩を竦め降参だと両手を挙げて、数歩部屋の中心へと歩み出た。


「いることはバレてるだろうと思ってましたが、まさかピンポイントで居場所がバレるとは思いませんでしたよ」

「私は部屋中を歩き回ったが、最後まで君のいた棚へだけは寄らなかった。何かあると思うのが当然だ」


胸を張り腕を組んで、スネイプが小馬鹿にした視線を彼女から背後の棚へと流した。イースターエッグの集められたテーブルから、リリーが割れた最初のものをつまみ上げる。


「如何でしたか?エッグハントは。したことがないと聞いたので用意してみました」

「やりたいと言った覚えはない」

「でしょうね。もしあなたからそんなことを言われたら、悪い薬でも飲まされたのかと心配します」


胸に手を当て心底気遣う素振りをみせる彼女を黒の瞳で刺して、スネイプが最後のイースターエッグをテーブルに並べた。ついでに彼女からもエッグを奪い、隣へと加える。


「もう一度、とは言わん。が、君がこの準備中ずっと私のことを考えていたのかと思うと、この上なく良い気分だ」

「これがなくたって、私の心にもあなたはいますよ。永遠に」

「足りんな」


そう言うと、スネイプはリリーの手を取り指を絡ませた。そしてもう一方の手で顎を掬う。彼以外見つめることを許されない状況に、リリーの心臓は一層鼓動を速めていった。


「心だけでなく、この指先、唇、睫毛の一本一本まで私を刻み付けてやりたい。私がこの棚に並ぶどの材料瓶を見ても君を思うように、君の見るすべてに私との記憶を残してやりたい」


いつになく熱い瞳が、真っ直ぐに彼女を見返す。刹那の揺らぎも見せないその熱に、彼女は自身の体温が引き上げられていくのを感じた。

リリーがそっと、瞳を閉じる。

ゲームオーバー。

Special Thanks
you
(2019.4.7)


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