いただきます


「いただきます」


地下牢の一室。二人用のテーブルに並ぶ料理を前に、手を合わせる。食べていた日も、食べなくなってからも、これは欠かさず行っていた。大切な祖国での習慣。先生は毎回不思議そうな顔で私を眺めながら、料理へ手をつけずに数秒待っていてくれる。


「今日は二人で食べる最後の日ですから、屋敷しもべ妖精さんにリクエストしてみました」


再来週はOWL試験。それが終われば夏期休暇。食欲は未だ完全には戻っていないものの、それでも食事が負担ではなくなっていた。こうしてリクエストする料理が思い浮かぶくらい、私は回復した。


「食事が喉を通らない者も医務室に通う者も増えているというのに、今となっては君が一番清々しい顔で歩いている」

「神経をすり減らさずに生きるヒントを、ここでスネイプ先生に教わりましたから」


リリーはフォークに野菜を突き刺して、躊躇うことなく口へと運ぶ。怪訝な顔を見せるスネイプにふっと笑みをこぼして、噛み砕いた野菜を呑み込んだ。


「また私のような生徒が現れたら、その時もこうして食事会をされるんですか?」

「我輩が慕われ親しみやすく人望のある教師だからか?――大抵は大広間での食事の方がマシだと判断する」


確かに、と私は頷いてしまった。正面の黒い瞳から鋭い矢が飛んできて、肩を竦める。

先生は期待以上に話を聞いていてくれるし、言葉も返してくれる。無駄なお喋りは必要なくて、慣れれば先生の厳格な空気感も心地好くなることを、みんなは知らない。




「先生が好きなものを最後まで取っておくタイプだってこと、一生忘れません」


リリーが視線で向かいの席に残る料理を差した。


「そんなことを忘れずに過ごせるほど、君は人生をつまらないものにする気か?さっさと忘れて代わりに呪文の一つでも詰めておけ」


スネイプは薄い唇で最後の一口を迎え入れ、フォークを置いた。好物の消えた彼の皿に残されたトマトを、リリーのフォークが貫く。


「最後に如何です?」


彼女が差し出せば、スネイプの視線がトマトから彼女へと移った。寄った眉間で拒否を示し、人差し指一つでフォークごと彼女の腕を押し戻す。


「君こそ」

「トマトは嫌いです」


しかしくし切りにされただけのトマトは彼女の口へと消えた。


「もしこの時間に味があるなら、それはきっとトマト味ですね」

「次は頭を診てもらえ」

「正常ですよ。心よりもよっぽど」

「それこそ正常だ。ただ環境に反応しているに過ぎない」


スネイプの言葉に、リリーは淡く微笑んだ。そして彼よりも少し多めに料理を減らした皿へ、フォークとナイフを揃えて置いた。


「慕っていますし私からの信望はありますよ、スネイプ先生」


リリーが始まりと同じように手を合わせる。


「ごちそうさまでした」

Special Thanks
you
(2019.4.1)


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