拒食症


『拒食症』


そう診断が下されたわけじゃない。ダイエットに励む必要性は感じていないし、そもそもスタイルに気を割く余裕さえなかった。ただ毎日が光のような早さで過ぎ去って、かと思えば10分を3時間のように感じたりして。

そうした日々をなんとか生きていることに精一杯。初めて挑む大きな節目の試験や名誉ある監督生。完璧なんてあり得ないのに、そうあろうと頑張っていた。

毎日毎日気を張って、楽しかった大広間での食事がいつの間にか疲れる場所になって、心配してくれる友達の温かさにも疲れて、一人で抱えて。何を食べても味なんて感じなくなってしまった。


「――こんな話、誰かに聞いてもらったのは初めてです」

「勘違いするな。君が勝手に話しただけだ」

「そうでした。私の独り言です」


リリーは茹でたジャガイモをフォークでつつきながら言った。そしてスプーンへと持ち替える。大広間の長テーブルとは違う二人用の小さなテーブルに並んだスープ皿を引き寄せて、今度は食べるわけでもなく沈んだ具をかき混ぜ始めた。

地下牢の薄暗い灯りでは、料理は随分と粗末に見える。しかしこの場にそれを気にする人間はいない。


「この食事会はいつまで続くんでしょうね」

「さてな。マダム・ポンフリーの気が済むまでだろう。或いは我々が大食いになるまで」


スネイプは早々に食事を切り上げて、夕刊を読み耽っていた。彼の皿に残った料理たちを見て、リリーはホッと息をつく。二人きりのこの空間では、大皿いっぱいの胸焼けするチキンや焼き菓子を見なくて済み、予め盛り付けられた一人分の料理は食べきらなくてもとやかく言われない。

マダムにこの食事会を提案されたときは煩わしさばかりが占めていた。しかし今は悪くないと思える。

私と先生はきっと、似ているのだ。


「今、何か失礼なことを考えなかったか?」

「いいえ、何も」


彼は私より高い背で、痩せていて、私よりも食べていない。それでも私のように倒れることなく過ごしている。心配はしないが、その燃費の良さに感心してしまう。


「まだ食べるのか?それとももう片付けるか?」

「えっと……」


食べなければ。食べたい。義務感で、そう思う。料理を胃に直接入れてくれれば良いのに。物理的に胃は満たされていないと理解していても、気持ちがついていかない。一旦スプーンから手を離してしまえば、再びそれに触れようとはしてくれなかった。


「迷っているならこれを最後にするか?」


スネイプはおもむろにくし切りトマトをフォークで突き刺して、リリーへと差し出した。口元、しかし押し付けてくるわけではないその距離に、目を瞬かせる。トマトから彼へ、リリーはその目だけを動かした。


食べよう


それを見たとき、私の中に随分と懐かしい思いが芽を出した。義務感ではなく、どちらかと言えば積極的な気持ち。身体だけではなく心までもが前のめりになったような、不思議な感覚だった。

リリーはスネイプの持つフォークから、そのままパクリ。一口で食べるには少し大きな塊を、それでも久しぶりに大きく開けた口で頬張った。


「君の口がそんなにも大きく開くとは知らなかった」


片眉を上げ、スネイプがフォークを杖に持ち替える。賑やかだったテーブルが木目と経年の傷だけを見せ静まり返った。

リリーは眉間にシワを寄せながらトマトを咀嚼し続ける。やがてゆっくりと、少しずつ呑み込んでいった。


「そう言えば私、トマトが嫌いでした」


無数の種とゼリー状の物質、青臭さが口内で渦巻いていた。


「嫌いな物が分かるほど食事に興味が出てきたとは、マダムがさぞ喜ぶことだろう。ついでに屋敷しもべへリクエストでもしておけばいい。

何か食べれそうなものは?」

Special Thanks
you
(2019.3.29)


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