日本の温泉。
まさかリリーの故郷で私がそれに浸かる日が来ようとは。彼女の選んだ旅館は魔法使いも多く利用する過ごしやすい場所だった。今日一日を振り返りながら部屋に設われた風呂から外を望む。陽の沈みかけた薄暗い林が外界を遮断して、私の心にも何かが触れる。
不意に、ここと隣室を仕切るガラス戸が叩かれた。
「セブルスさん、私も一緒に、いい?」
「――は?」
広大な風景に背を向けリリーの声を辿る。
「なっ!?」
そこには一糸纏わぬ姿の彼女がいた。大して覆う気もないようなタオルをその腕にかけ、長い髪は軽く結われて上へ。
「どうかダメなんて言わないで」
「そんなことは……」
言うはずがない。一人には広すぎる浴槽の更に端へと移動して、彼女ためにと場所を空けた。「ちょっと待ってて」と彼女は手早くその身体に湯をかける。白い肌が淡く色付いていく様に息を呑んだ。
とぷりと湯を波打たせるその音までもが妖艶で、木の葉の舞い散る音が聞こえやしないかと意識を逸らす。それでも彼女の存在を知らせる細波は私の気を何度も引いた。
共に旅の思い出に浸かりながら、景色を眺め、ただ他愛もない話をした。逆上せぬうちにと湯から上がり、傷一つない彼女の背に「浴衣」がかかる。帯を結ぶ彼女が俯くと、いつもは隠れているうなじが現れた。
「セブルスさん?」
肩に手をかけそこに口付けてから我に返る。
何か言葉をと唇を薄く開ければ、振り返ったリリーが私の頬に両手を添えた。そして今度は彼女から。唇を重ね、あっさりと彼女は身体を離す。
「そろそろ夕食の時間よ。部屋に届けて貰うの」
間を置かずして、テーブルが色とりどりの料理で埋め尽くされた。
「蟹を食べたことは?」
「ある」
とは言え回数は片手ほどもない。見た目も知っているものとは少し違っていた。加えて目の前には温泉の名残を頬に残した彼女。唇にはその感触も残っている。厚みのある熟れたその唇が、蟹の身を頬張った。
あぁ、こんな疚しい心では、
蟹の殻を剥くのは難しい。
Special Thanks
you
(2019.3.23)