二人で見る桜


「二人で見る桜

を、お願いしようと思うんです」


視線を夜空から逸らさぬまま、リリーが言った。今夜の目的は空にあるはずだと言ったのは私自身だというのに、彼女の視線が少しもこちらへ戻らないのは面白くない。毛布の下で感じていた彼女の指先へ触れ、その細い中指に自らのを絡ませてみた。


「桜?」


そしてなに食わぬ声色で会話を続ける。彼女が一瞬、我々の間で起き始めた変化に意識が向いて、毛布に阻まれ、また天を見上げる。


「ラッパ水仙と同じで、これから咲く季節でしょう?でもホグワーツには植えられてませんから」

「桜なら毎日見ているだろう」

「えっ、毎日?何処で?」

「君の杖だ」


なるほど、と感心したように頷くと、彼女はその杖を掲げてみせた。杖先から桜の花弁を舞わせ、溶けた雪の代わりだとでも言うように辺りへ散らせる。


「桜の木とドラゴンの琴線。28センチ、しなやかで折れにくい」

「まるで君のようだな。しなやかで、折れにくいとは」

「折れにくいだけで、折れることだってあるんですよ」


知っている。そういう時は決まって私に会いに来ないことも。丹念に彼女の指の形をなぞっていた手を止めて、強く握り直した。


「リリー――」


言葉は遠くに感じた人の気配に呑み込んだ。


「セブルス?」

「愚か者がいる」


息を潜めていると、靴音を消す芝を台無しにしながら話し声が近づいた。その正体を見てやろうと身体を起こす。守護呪文の効果を確認し、境界線の向こうから我々は見えていないと確信して、じっと待った。やがてクスクスと不快な笑い声が届く。


「――っ!」


反射的に減点を言い渡しそうになり、リリーの手に食い止められる。口を覆う彼女の手のひらに感謝して、首を横に振る彼女に頷いた。とても生徒を咎められそうにないこの現状に、今夜だけはと芝に付いた手の力を抜いてやる。


「あれ?ホグワーツに桜なんてあったっけ?」

「桜?見たことないよ」

「ここに花弁が落ちてて……」

「誰かが呪文の練習でもしたんでしょ。それより早く寮へ戻ろうよ。誰かに見られてるような気がする」

「スネイプとか?」

「げっ!最悪!」


本人がそばにいるとも知らず勝手なことを。イライラを隠すことなく隣を窺えば、リリーは手で口を塞ぎながら肩を揺らしていた。

何か一言言ってやらねば気が済まない。規則破り共が城へ戻るまでたっぷりと耐え、その分募らせた不満を眉間へ寄せて彼女へ凄む。

しかし彼女の意識はすでに空へと上がっていた。


「あ、流れ星!」


差された指先を辿り、消える刹那の欠片だけは目に捉えることが出来た。一心に空を見つめ、流れ星が消えても尚、リリーはそこへ願い続ける。彼女の冷えた頬へと触れて、毛布を掛け直した。ふわりと咲く彼女の笑みに、私の頬が釣られて動く。


「そう言えば、スネイプ教授の願い事は何ですか?」


願いは違えど、そこにある思いは彼女と同じ。

この先も、変わらず共に。


「……このまま、

朝が来なければ良い、と」

原文 朝が来なければ良い
Special Thanks
you
(2019.3.16)


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