夜勤明け。
いつも頭がぼんやりとする。仕事中は入れっぱなしの電源が、終わると同時にぷっつりと切れてしまう。開いている店を探すのも億劫で、スーパーもカフェも無視して家へと一直線。操り人形のように無心で動く足に連れられて、半分寝ぼけているような状態で帰路についていた。
誰もいない道で早朝の太陽を独り占めして大きな欠伸を一つ。涙の滲む目を開けて、いつもの道に増えていた影へ瞬きを二つ。見覚えのあるような、寧ろ忘れられないその影に、いやいやいやと否定を三つ。
まさか、彼は、あの時の――
「人でなし」
呟きは風に運ばれ前へと飛んでいってしまった。ゆっくりと、影が纏う布を翻す。
「ろくでなし」
彼の記憶の中にも自分がいたことへ一先ず安堵して、二人の距離を詰めた。朝日に照らし出された彼の顔色はどんよりと暗い。
「何だ?」
訝しむ彼に問われ、ようやく注視していたことに気が付いた。
「具合が悪いんじゃないかと」
「いつも通りだ。君こそ酷い顔をしているぞ」
「これはただの夜勤明けで……。私、あの日のことがあって、もう一度看護師を頑張ってみることにしたんです」
「看護師?」
「救える人間になりたくて」
彼は興味なさげに片眉を上げたものの、それでも私の話を聞いてくれていた。
「私、リリー・エバンズです。あなたは?」
「私の名など知ってどうする?」
「私の人生に新たなきっかけを与えてくれた人の名前を知りたいんです」
「君の人生が変わったのなら、それは君が変えようと行動したからだ。私に関連付けることは間違っている」
ハッキリと言い切られた言葉。けれどその表情はどこか切なげで、燻る思いが内に隠されているのだと感じた。彼もまた、どこかから逃げたのだろうか。或いは、立ち向かおうとしたのだろうか。変えたい人生に。
「また会うことがあったなら、その時は教えてやろう」
私の視線からその表情を庇って彼は背を向ける。太陽に向かって歩く彼の影が私を撫でた。目を細め、光を手で遮って、彼の背を見つめ続ける。
たった二度、偶然出逢っただけなのに。奇妙な出で立ちの彼が記憶に住み着く。今の私にとってそうであるように、彼にとってもそうであってほしい。
世界は明るい。
Special Thanks
you
(2019.3.11)